天才は、かく語りき。

「成功者は決まって周りと違うことをするものよ」 そうやって『逆張り精神』と『非常識な言動』こそ最も大切にすべき全てだと、ものごころつく前から散々母親に叩き込まれた。 父親が居れば違う育て方をされたのかもしれないが、それは所詮叶わぬ“If”の妄想に過ぎない。 人生に“たられば”は無いのだ。

羊男。

13年前

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しかし、「天才」になろうとすればする程、自分は「凡人」になっていった。 「天才に憧れる凡人」に。 そもそも成功者の常識からとんだ言動は、「奇を衒って常人と違うところを見せつけてやろう!」となされているのではない。真っ直ぐにそれができるぶっ飛んだ人間だからこそ、成功者となったのだ。 凡人は凡人なりに必死に努力するしかない。 天才ぶってみたって、出る杭は打たれる。いずれボロが出るのがオチだ。

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自分が凡人だって分かってる奴は強いよ。 偶然隣の席になった、いわゆる優等生は真っ直ぐな目でそう言った。 成績は学年一で作文から美術に至るまであらゆる賞を総なめにしている、描いている理想の天才そのものだった。 そんな存在を、尊敬と妬みの入り混じった感情で見ていたものだった。 物静かで真面目、おおよそ同年代とは思えない落ち着きを持った少年は破顔してこうも言った。 無知の知と同じようなものと。

ムラサキ

13年前

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天才は天才であるが故に子供時代の挫折を味わわない。 成功するにはいくつかの段階を乗り越えていかなければいけないが、神童がぶつかる壁はいつも厚い。 全国から集められた天才と渡り合う瞬間。 ここにまず一つ、天才であるのか、それとも神童で終わるのかという見極めポイントがある。人は属するコミュニティによって成長するといっても過言ではなく、挫折を知らずに育った人間などはつぶれてしまう。

aoto

13年前

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僕が天才と呼ばれるのに飽きた、とか言うと決まって君らはおのが遣る瀬無さに託けて僕に当てこするだろう? なんでかな、僕はいつも可哀想に思う。 タイミングのズレ次第で天才が産まれ、凡人が死ぬだけだぜ? なにって偶然なんだよ。だからそれを僕にこの野郎畜生って言ってもどうしようもないだろ。お門違いもいいところさ。 従って僕は地面に叩きつけられようともこう言うよ。 「いい子ちゃんでいたかった」って。

13年前

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少年は地面に叩きつけられることが(物理的に)出来そうにないくらい力強く胸を張って言った。 「平凡だったらいい子?」 問うと少年は君は本当に洞窟のイドラを再現しているような人間だな、と呆れたような面白そうな顔をして言った。全くもって理解できないが、それと同じくことを少年も自分に対して思っているのではないかと思った。天才にとって平凡は、特殊なのかもしれない。天才って何だ。何でも出来ることか?

ハイリ

11年前

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少年はその問いに、表情を変えることなく答えた。 「天才は虚像さ」 『天才』は平凡から見れば、憧憬の的である。言ってみれば、最高の勲章だ。 しかし天才から見れば、それは負のレッテルとなるそうだ。『天才』という言葉で、天才が今までしてきた努力や苦労は泡となる。脱ぐことのできない呪われた装備のようなものだ。 「でも実際にはその努力も無駄にならないんだから、損はないだろう?」 少年は深々とため息をついた。

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「違うよ。」 わかってもらおうとも思わないけど、と前置きして、少年は続けた。 「一番の大前提だけどさ、人って誰もが違う場所に立って生きてるんだ。」 何やら哲学が始まった。 話は続く。 「天才とか平凡とかさ、山のようにいるわけ。」 天才はそんなにいないだろ、と突っ込みたいのを抑えて話を聞く。 「でも、中身は違うんだよ。」 当たり前だろ、と言おうとして、少年の瞳を見た途端、どきっとした。

asaya

9年前

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「価値ある生を全うするのは天才も凡人も同じことじゃないか」 自分はただ黙って少年の瞳を見つめていた。たわいもない空薬莢が地面を跳ねた気がする。 「今更って話だよね。けど、どう見てもリスクに囚われすぎだよ僕たちは。もちろん君もね」 わかってたよ、そんなことは。 「今日の授業なんて特に典型的過ぎるんだ」 他称天才と自称凡人が相席同士にして会話を切り出したのはそれが席替え初日の始まりだった。

Air

8年前

- 完 -