手作り料理には愛情がいっぱい

「はい、アーン」 そう言って、彼女は俺の口にクッキーを押し込んだ。 うん、うまい。 「はい、アーン」 そう言って、次はコーヒーを押し付ける。 飲み物に『アーン』ってありなのか?ありなのだろう。そういうことにしておこう。 「ところで橋本さん」 「んー?」 俺は彼女…橋本愛梨に言った。 「この紐…解いてくれないかな?」 「だーめー」 俺は今、橋本さんに拉致監禁されている。 お巡りさん助けてー。

啊撞祗

12年前

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こうなってしまった経緯はこうだ。 会社での仕事を終え、大抵は21時ごろに帰宅するのだが今日は残業があった。 心身共に疲労が溜まった俺は、ふらつきながらも帰宅の路地に着いていた。 だが、ここで問題が生じる。 「ねえねえ」 誰かに呼びかけられたので振り向こうとした瞬間、頭が冴えるほどの激痛が走った。 ここから先はよく覚えていない。 ──そして、気づいた時にはある一室で監禁されていた、今の状況だ。

Swan

12年前

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「はい、アーン」 今度は玉子焼きを俺の口に押し込んだ。うまい。 「はい、アーン」 次は豚の角煮だ。うまい。うまいんだが… 「うぁの〜、くぁくにがかみくぃれないん」 「はい、アーン」 口の中でモゴモゴ言っているにも関わらず、彼女は強引に俺の口を開け、フランスパンを押し込んだ。 「ゴボゴブゴボ…」 もういらないとばかりに、俺は首を横に振った。 「だーめ♡貴方には食べてもらう義務があるの♡」

hyper

12年前

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かれこれ30分くらいずっと何かを、食べさせられ続けている。 「ほう、ほれひじょうわ、ふり」 「駄目よ♡まだまだあるんだから♡」 まだ食べさせるつもりなのか……正直もう腹がいっぱいで今にもリバースしそうなのだが…… モグモグ、ゴクン 「な、なんでこんなこ……モゴモゴ 何故こんなことをしたのか訊こうとしたら、 口の中にアンパンを押し込んできた。 ヤバイ、まじでヤバイ。食べ過ぎで死んでしまう。

glan

12年前

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橋本さんは、俺と同じ会社の経理を担当している。普段は物静かで、同期の俺でさえ、日頃挨拶を交わすぐらいのものである。 「な、なんで…こ、こんなことするんですかっ!」息も絶え絶え話す俺に、橋本さんは 「だって、あなたが食べたいっていってくれたからじゃない。」とにっこり微笑んだ。 俺が?いつ?そんな気持ちを察したのか 「昨日のお昼私のお弁当見て、美味しそう。俺も手作り弁当くいてぇって言ったじゃない。」

shushing

12年前

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怖い。ただ、怖い。目の前にいる橋本さんが怖くて仕方が無い。 そしてまた箸で食材を挟んでは口元に運んできて『あーん♡』と可愛い声でいってくるのだ。だめだ、リバースしそう。 と、思っていると ピンポーン 誰かきたのだ。 だ、だれか!!!助けてくれ! 橋本さんはムスッとした顔をしながら箸を机の上におき玄関に行った。 俺はいましかないとおもい、縄を解こうとするのだが、解けない。

美音㮈

12年前

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くそ、どんな結び方してんだ! どんなに頑張っても縄は解けなかった。 そうこうしている間に橋本さんは玄関に向った時とは裏腹にニコニコしながら戻って来た。 「スーパーの宅配サービスだったわ。食材が届いたから次のお料理をスグに作るわね。待っててねん♡」 鼻歌交じりで橋本さんはキッチンに姿を消した。 ホッと溜息とつこうとしたがゲフッとゲップが出た。 今の内に少しでも腹を減らそう…ん?いや違う!逃げないと!

真月乃

12年前

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見渡してみたが、周囲に刃物は一切なかった。多分橋本さんがわざと遠ざけているのだろう。 だが俺は暫く手首を動かしていると、縄が少しずつ緩んでいることに気がついた。所詮は女性、やはり力は男性に負けるということか。 これしか無いと確信した俺は必死に縄を緩め続けた。手首が擦れてとても痛かったが、とにかく早く逃げなければという気持ちが勝った。 「!」 そして遂に縄は解け、俺の手首は自由になった。 逃げるぞ!

ミノリ

12年前

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橋本さんの料理はこだわりがいっぱいの手間のかかるものばかりなので、きっととても時間がかかるだろう。 つまり、時間には余裕がある。 ベランダへと通じる窓を音もなくあけ、そこから外へ出た。映画とかならそこは高層ビルで、脱出不可能とされるのだろうが現実はこんなもんだ。十階の自室で俺はふっと息をついた。 ……翌日。 自室で目覚めた俺はデジャヴを感じた。 紐で縛られた俺……それと、 「はい、アーン」

しーな

12年前

- 完 -