今日で、もう20日目。 三崎さんと同じクラスになり、いつでもクールな彼女のことが好きになってからなり、今日でもう114日目。 三崎さんは僕の熱い視線になんか全く気付かずに、授業中は落書き、休み時間は睡眠に徹している。 彼女の好きな食べ物を知ったのは、新学期が始まってすぐの自己紹介。 そう、僕が三崎さんのリュックに、彼女の大好物であるあんぱんを匿名で忍ばせるようになってから、今日でもう20日目。
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三崎さんの実家は近所でも評判のパン屋だ。 だから差し入れのあんぱんも、そんじょそこらの品では口にしてもらえないだろう、と僕は考えた。 「あんぱん、一つ下さい」 だから今日も僕は、彼女のために最高のあんぱんを買う。 「──ねえ、いい加減白状したら?」 店を出たところで、待ち伏せていたらしい神田凪に呼び止められた。 「辛党のあんたが、なんで三週間近く伯父さん家のあんぱんを買いに来てるわけ?」
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「お、お前になんか言うかよ」 僕と神田は、中学三年間ずっと同じクラスだった。ゆえに他人には知られたくない過去の恋も、筒抜けで知られている。 「ふ〜ん?別に詮索はしないけどね。あんた、好きな子できたらすぐ貢ぎたがるから」 ほら、そういうところが苦手なんだ。僕は自分でも自覚なく献上行動に出てる手前、神田の言葉にはいつもギクッとさせられる。 「ま、伯父さんのパンに惚れない人なんていないけどね」
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神田の伯父さんが営む〈さくらベーカリー〉は連日大盛況だ。あんぱんは人気商品で午前中で売り切れることもしばしば。 春には期間限定の「桜あんぱん」が登場するんだけど、この桜あんぱんを三崎さんと食べるのが僕の密かな目標である。 それはさておき、僕には時間がない。 誰もいない移動教室の瞬間を狙って、三崎さんのリュックに今日もあんぱんを忍ばせ……。 ガラガラッ。 勢いよく背後で教室の扉が開いた。
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「佐野くん?そこで何してるの?」 振り向くと、そこにはキョトンとした顔で僕を見つめる三崎さんの姿があった。 「あ…」 僕は頭が真っ白になり言葉に詰まった。 三崎さんは、そんな僕の様子を気にする素振りも無く質問を続ける。 「それ、私のリュックだよね?」 「あの…ごめん!実は毎日、あんぱんを三崎さんのリュックに入れてたのは僕なんだ!」 決死の思いで僕が打ち明けると─
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「え? 毎日あんぱん……? いや、知らないよ」 軽蔑の目。 三崎さん、違うんだ。そんなはずはない。20日間だぞ。呼吸が苦しくなってくる。 「みさきちーまだぁ?」 まずい。三崎さんの取り巻き眼鏡まで現れた。 僕の築き上げて来た純愛が。 「今回は見逃してあげるけど、もう、やめてね。あんぱんを直に鞄に入れるなんて……」 軽蔑の目。鞄を引っ手繰る様にして、三崎さんは家庭科室へとかけて行った。
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「・・・」 大きな絶望と…… 「?」 特大のクエスチョンマークが…… 竜巻となって僕を襲った。 もう。 もうダメ。 もうダメだ〜! でも、なんで? なんで? なんでだ〜? やがて、心の混沌の中で気になっていた事が形になってゆく。 あいつだ。 あいつが何か知ってる。 てか、あいつが何かしたんだ! あいつ…… そう。神田だ! 「神田凪!」 僕は、その名を心に刻んで復讐の鬼となる覚悟を決めた。
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「三崎さんのリュックのあんぱん? 知らないよ、そんなこと」 神田にはあっさりと否定された。 「ていうか、そんなことしてたの? ふつうに渡しゃあいいじゃない」 「喜んでもらえるのをひっそり楽しみにする。これが僕の愛情表現なんだよ」 「キモち悪いのはともかく、20日間入れ続けたあんぱんの行方はちょっと気になるよね」 こうして僕と神田は、消えたあんぱんの謎を探ることになったのだった。
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神田と行動することが多くなった。 張り込み用に、と彼女はよくあんぱんを差し入れしてくれた。いつしか、僕らはゴシップの種となり、あんぱんが流行したりもした。 僕は、神田が好きになっていた。彼女が応えてくれた時は嬉しかった。 そういえば、あんぱんブームの時。三崎さんが食べているところも見かけたことがあった。それは三崎さんちのあんぱんだったけれど。 学校の中庭。隣には、眼鏡のお友達。 仲睦まじく。
- 完 -