ふんわり卵のオムライス

口が寂しくなって、お店で貰った飴を口に放り込んでみた。思い描いていた味とは全く異なったしょっぱさが口に広がった。塩飴ってもっとしょっぱいものじゃなかっただろうか。すぐに吐き出したい気分になったが、生憎とここは電車の中。 仕方なく舌に合わない飴をころころと転がす。 それにしても、先ほどのオムライスは美味しかった。口の端に大きな口内炎ができていなければもっと楽しめたに違いない。

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ふわふわの卵がバターチキンライスを包み込んでいた。スプーンを入れれば、とろけ出す香りに私の胃袋は掴まれた。後は口の中に広がる温もりを味わうだけでよかったのに。 口内炎はまだ痛む。乾燥すると余計に痛みを気にしてしまうから、飴を転がし続けるのはいい選択だったように思われる。傷口に塩を塗るのはよくないことの気がするけれど、まあ、大丈夫だろう。 ふと、今日の女子会での出来事が思い出されてくる。

aoto

8年前

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「でさ、彼氏がね、今日は仕事で疲れてるからってメールを切り上げたんだけど、ツイッターを見たらさ、ゲームしてるつぶやきがあったの!」 「嘘!ありえない!」 「でしょう!」 強引に誘われて来たものの、会話の内容が入ってこない。二人の会話がつまらないのだ。 「ね、聞いてる?」 「え?まあ、なんとなく」 「なんとなく?それだから彼氏にふられるのよ」 なぜ、そこでふられた話を持ってくるんだと腹が立った。

7年前

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「それでさあ、この間のデートの時に何気なく聞いてみたの」 「彼、何だって?」 不機嫌になった私をよそに、二人は話し続ける。二人の話なんて全く入ってこない。つまらない。退屈だ。 「で、優香は何であの彼と別れちゃったの?」 「はあ?」 いきなり振られた話に、私はついていけなかった。彼氏の話はどこにいった。 「だーかーら、何で別れたか聞いてるの!」 そう言ってニタニタと笑う二人を見て、私は納得した。

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今日の女子会のテーマは「私の別れ話」だったのだと。 でも「そんなの聞いてないよ〜!」状態の私は、適当な話をでっちあげる事にした。 「あのね? お前は女子会ばっか開いて俺と全然会おうとしないじゃん? って言われたの」 目の前の二人の顔が青ざめたかと思うと真っ赤っかになった。 その顔色の変化を面白がっている私の耳に飛び込んできたのは案の定の怒りの声だった。 「なによそれ〜!」 「許せないわ〜!」

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思惑通りに二人は標的を私から元彼へと移行していった。 「──やっぱり愛より友情よね」 「だよね〜。ね、優香?」 標的が変わったのをいいことに、オムライスに夢中になっていたら突然話しかけられて言葉が詰まった。やばい、聞いてなかった。 「……ごめん、なんの話だっけ?」 「優香、オムライスに真剣すぎでしょ」 どんだけよ、と笑う二人は怒っていないようだ。さっきの言い訳で機嫌が良いらしい。

6年前

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二人の料理の皿は綺麗になくなっていた。あれだけ喋りながらどうやって食べていたというのだろう。 私は「ごめんね、食べるの遅くて」と待たせているであろう二人に謝った。 いいよ、いいよ〜とかゆっくり食べてよね!とか女の子特有のテンションで返答する二人。 もう少しデリカシーさえあれば気楽に付き合えるのだけれど。 女子会の帰りはいつもぐったりとした疲れが私を襲う。 彼氏と別れた痛みなんて忘れていたのに。

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「あーあ。折角、かさぶたが出来た頃だったのにな。」私はわざと大きな声でひとりごとを口に出した。はぁっ、溜息をつく。 すれ違う人が振り返ったけど、気にしない。無理やり剥がしやがって、ばかやろー!乱暴な気持ちやこんな感情も友情があるから持てるんだろう。 女子会はふんわり卵のオムライス。夜中に涙が流れて止まらないのは口内炎のせいだけじゃない。携帯に浮かぶ「楽しかったよ、またすぐに会おうね!」の文字。

みみぃ

5年前

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はあっ、もう一度溜息をつく。 憎めない二人を想う、朧月夜。 ふんわり卵のオムライス。スプーンを入れれば、中に詰まったとろとろ卵が溢れ出て、バターチキンライスと絡み合う。あの感覚が忘れられない。 寂しい夜は泣きじゃくって、また明日にはいつも通り、私は笑っているだろうか。 口の中の塩飴は、いつのまにか溶けてなくなっていた。ほんのり甘い、後味。

ラナン

5年前

- 完 -