メルヘンチックな蝸牛角上の争い

隣人が殺人鬼でも、ストーカーが石油王でも、上司が貴族でも、弟が超能力者でも、私の日常は揺るがない。 たとえ恋人が地球人でなくとも。 執事が魔王でも、母親がヤクザでも、職場がマンホールの下にあっても。

EMANON

7年前

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朝六時。いつものように、石油王のメールに起こされた。 『おはよう。キミ、昨晩は16回も寝返りを打って…』 続きを読まずに削除すると、私は、まだ眠っている恋人をベッドに残し寝室を出た。リビングへ行くと、白い物体がフワリと私の前を横切り、ソファで寛ぐ弟の手に収まった。 「ちょっと!家の中では超能力禁止の約束。危ないじゃない」 「あ、お姉ちゃん、ごめん。でもパンだよ?ぶつかったって大したことないって」

sakurakumo

7年前

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口では謝りながら弟はバターを超能力で引き寄せる。 「もう! 超能力に頼ってばっかじゃ、碌な大人になれないよ!」 「はーい。反省してまーす」 ふわふわ漂うジャムを睨んでいると、横からスッと誰かが瓶を掴んだ。立派な角を持つ我が家の執事だろう。さっと弟のパンにジャムを塗り、私に向き直る。 「おはようございます。朝は採れたての目玉がありますが、如何なされますか?」 「おはよう。パンがいいわ」

7年前

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「かしこまりました」 執事は魔王出身の割には温厚だが、冗談が通じないところがあり、目玉の目玉焼きだってオーダーすれば完璧な焼き加減で作り上げてしまう。 「まおちゃんおはよー。あたしチンポスクランブルエッグが食べたい」 「かしこまりました」 寝起きの母親が相変わらずエグい朝食を執事に頼む。曰く、「一度誤って食べたら意外と美味しかったのよ」らしい。隣人と気が合うというのも頷ける残念美人な母親だ。

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職場のマンホールへ向かう電車の窓から、派手な車が見えた。そこに乗っているのは紛れもなく、我が上司だ。 派手な装飾のリムジンに乗って毎日ご出勤。専属の執事やコックを引き連れ、仕事は自分でしないくせに、部下には厳しい。 くそぉ。 私も本気になれば、恋人のUFOで出勤して、あんなリムジン、レーザー光線で蒸発させられるのに。 そんなこと考えてたら、恋人からメール。 「今日は水星に行きます」だって。

Dangerous

7年前

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水星ならお土産をお願いしておこう。 「カロリス盆地のプリン買ってきて」……っと。 マンホール下での仕事は意外と快適だ。 夏はひんやり涼しく、冬はじんわり温かい。 「〇〇社さまからの企画を願います。それとこちらの案件は……」 上司の執事からの指示で皆うまくやっている。 上司はのんびりとティータイム。 くそぉ。 私も執事連れてきてやろうか。魔王だし。 ……いやいや、それじゃ上司と同じになっちゃう。

すくな

7年前

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なんでも自分の思う通りになるのが当たり前だと思って生きるなんて最低だ。 そう言えば、そんな最低のがもうひとりいたな〜。 おっと、こんな事を考えてたら…… やっぱりだ。 電話が鳴って出てみると、やっぱりあいつだった。 「やぁ〜、ハニー! ミーの事を考えてくれてたのかい?」 「やかましい〜! アラブの石油王かなんかしらないけど、お前なんかただのストーカー野郎じゃないのよ〜!」 私の心からの叫びだ。

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彼と付き合ったらきっとその先には王女様のような贅沢な暮らしが待っているのだろう。でも絶対に嫌よ。外にいたって寝返りを数えられるのに、同じ空間にいたらどうなっちゃうのよ。 それに私はどうしようもないくらい、人ですらない優しい恋人が好きなんだ。 「そうだ。この仕事、君に頼みたいんだけど」 上司が珍しく、自分で仕事をふってきた。やってやろうじゃない。私の周りの奇怪な日常も仕事もなんだって。

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仕事はこの世界を混ぜ合わせた神々を起こしに行くことだった。上司はそっと起床用ハンマーを手渡す。 ハンマーはシティハンターの香さんが持ってるような重量級の100tのやつだ。そして私による世界を正すための襲撃が幕を開けた。 そもそもこの世界はリレーションだからと次の神への丸投げ感があったのではないか。 私は彼らの頭をハンマーで叩いた。 そして最後に私自身を叩く。 夢から覚める。

- 完 -