奥野の恋と最期の問い

朝、登校すると昇降口には奥野が立っていた。 「やあ」 「…」 奥野の爽やかな挨拶を僕は無視した。 「なんだ?ご機嫌斜めなのか?」 決してそういうわけではないのだが、僕は無視をし続けた。 「なあ、返事してくれよ。遙のことで話したいことがあるんだ」 いくら話しかけられようと、多くの人が行き交う昇降口で奥野と会話をするわけにはいかない。 なぜなら、奥野は最近再び姿を現した幽霊であるからだ。

ゆらぎ

11年前

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そもそも何故僕に幽霊が見えるのかという話だが。 正直なところ僕にもわからない。生まれた時からそうだったのだ。 「なあってばぁ」 しつこい奥野を無視し続けて僕は屋上へと向かう。 重いドアを開け、誰もいない屋上に足を踏み入れる。 「…ふぅ」 僕は溜息をひとつつく。 「なになに?疲れてんの?」 奥野が僕の顔を覗き込んでくる。 「お前のせいだってのっ‼︎」 僕の一撃は空をかいた。

こん

11年前

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勢いで、フェンスから身を乗り出しそうになる。 「危ないなあ。落ちるぞ」 「だから、お前のせいだろうが! 目の前、ふわふわするなよ」 「落ちたら、俺の仲間だな」 奥野はにっこりした。 こいつ、縁起でもないことを…。 僕はフェンスを背に座り込んだ。 「つきまとうなよ」 「仕方ないだろ。お前しか、俺のこと見えるやついないんだから。遥のことでさ、頼みたいんだ」 遥というのは、僕のクラスメイトだ。

misato

11年前

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「嫌だ」 僕の即答に奥田はあからさまに悲しそうな顔をした。 「そこをなんとか!!」 「嫌だよ!!」 遥とはクラスの中で一番可愛らしいと評判の女子だ。 男子の中では密かにマドンナ遥と呼ばれている。 僕が初めて奥田を発見した時、コイツはなんと、マドンナのスカートを覗こうとしていた。 僕はそのとき思わず叫んでしまった。 以降僕はクラスの中で密かに変態吉野と呼ばれているらしい。 泣きたい。

みりん

11年前

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「やっぱ無理かなぁ」 奥野は深く肩を落とした。 「当たり前だ」 「スカートの中を見たい、からは大分難易度下げたんだけどな」 奥野と出会って数日、たとえ幽霊でも女子のスカートの中を覗いてはいけないということを何とか納得させたものの、今度は「遥に自分を知ってほしい」と言い出したのだ。 「別の方向で上がってるよ…」 愚痴っても埒が明かない。 幽霊が見えない人にどうやって幽霊を認識させるか。難しい宿題だ。

nanome

11年前

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奥野は別のクラスだった。部活の帰り道に轢き逃げされた。轢き逃げ犯は数日後、心不全で亡くなっていたらしい。なんでも薬の過剰摂取だとか。 校内では、部活のレギュラー入りを果たしたばかりの奥野が呪い殺したという噂がある。 しかし、幽霊の奥野を見る限り呪い殺すような奴には見えない。別のクラスとは言え、奥野は死んだ今でも有名人だ。幽霊を見た噂は聞かないから見えるのは俺だけ。 奥野が遥に執着する理由は、

11年前

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他でもなく、あの塾のノートのことだ。 奥野は高校に入学してから遥と同じ塾に通い、しかも同じ数学講座をとっていた。もともと奥野は数学だけは得意で、その塾でも成績は上位だった。 ある日のこと、塾の授業が終わった後も、奥野の隣にいた遥はノートを開いたまま帰ろうとしない。それを見た奥野はそっと教えた。 「グラフで考えるとすぐ分かるよ。」 それから遥は、何かつまずくとノートを見せて奥野に聞くようになった。

p man

10年前

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そして、事故の前日にまた遥がノートを開きながら聞いてきた。奥野は展開図を描きながら... その下にそっと書いた。それを読んだ遥は顔を赤らめノートを閉じ小走りで教室を出て行った。奥野はその後姿に『明日、そのノートに返事を...』と、 事故当日、部活が長引き急いで塾に向かう途中だったらしい。 「だ・か・ら、この事は俺と遥しか知らない事なんだよね」 何か腹たつ! 「で、何て書いたんだよ」

blue

10年前

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「付き合ってくれないか? って」 拍子抜けだ。 「てっきりパンツ見せてくれとか書いたのかと」 「馬鹿だな。付き合えばパンツくらい見放題だろ」 「馬鹿はお前だ」 仕方なく僕はマドンナ遥のノートを盗み見た。 「返事あった?」 「ああ、あった」 「そうか。良かったよ」 奥野が透けてゆく。 「待てよ。返事聞かないのか?」 「どっちにしても悲しいだけだからね」 奥野は微笑み、爽やかにそう言い残した。

ワタル

10年前

- 完 -