世の中に絶対に正しいことはないから、権力が欲しくなる。 権力があれば、自分の考えを押し通すことができる。 だから僕は誰よりも偉くなりたかった。
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僕はそのための努力を惜しまなかった。 将来僕が偉くなるために必要だと感じたことならなんでもやった。 人に笑われたってかまいやしなかった。 誰よりもはやく偉くなって、うるさい外野を権力でもって黙らせてやりたかった。
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僕は大人になった。 誰よりも多くの知識を身につけた。権力を手に入れた。 僕は気にいらない奴を消した。誰も僕を馬鹿にしなくなった。 ふと、下を見ると自分の足場がなくなっていた。 僕は誰よりも孤独になっていた。
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そして、ある日起きると隣に男が立っていた。 僕が無言なのを見て、こういった 「わかっているだろうが、殺しに来た」と。 それを聞くと、もう一度ベットの中に横になりたいような気になった。 子供の頃の思い出が走っていく…。 そしてポツリと「懐かしいな…」といった。 殺し屋が最期に何か?と聞いてきたので僕はこういった 「今年もクリスマスは来るのか?」と。
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殺し屋は口の端を歪めて言った。 「来るに決まってるだろ。お前が死んでも、アメリカ大統領が暗殺されても、第三次世界大戦が勃発したってクリスマスは来るさ。こんな職業してるとな、人間一人の存在なんてちっぽけなもんだって悟っちまうんだよ。お前が死んでも『男が一人暗殺されました、まる』、文にすればそれで終わりさ。」 ああ、そんなもんか。頭の隅で納得している自分がいた。
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家族はいるのか、と僕が聞くと殺し屋は皮肉げに笑った。 「あぁ、お前を殺す事で家族を生かしてるわけさ」 世の中に絶対の正はないから権力を手にした、けれどそれも死んだからそれまで。 だったら、このちっぽけな殺し屋の方がどれほど価値があるだろうか。 この男が死ねば、妻や子はどれほど嘆くか。 僕が死んでも代わりはいる、けれどこの男の家族にとっては代わりなどいない。 「君も、サンタクロースになるんだろうか」
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殺し屋はポカンとした顔をしてから、今度は照れたように頭をかいた。 「息子はまだ2歳さ。サンタはまだ来ないかな」 あぁ、2歳か。これからどんどん可愛く、どんどん大きくなっていくだろう。 「そうか、いいな。まだまだ赤ちゃんだもんな」 殺し屋は腕時計を覗き、困った顔をした。 「もう満足したか? 悪いな、仕事なんでね」 「あぁ。殺せよ。お前と違って、俺は一人だ。わかったんだよ、周りがいてこその権力だ」
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殺し屋の冷たい黒鉄が僕の眉間に押し付けられた。 今、僕の全ては終わるのだ。僕は静かに目を閉じた。 ふぅ。と、殺し屋が息を吐き出すのを耳と顔に感じると、次にはドサッと言う音が聞こえた。 僕がゆっくりと目を開くと、殺し屋はベッド横の椅子に深く腰掛け、 「すまん、銃の調子が悪い」と言った。 殺し屋は音も立てずに銃を分解し、時計の音だけが響く。 「依頼者は、お前のお袋さんだ」不意に殺し屋が呟いた。
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「そうか、母さんが」 「驚かないんだな」 「これでも驚いてるさ」 「理由は聞かないのか?」 「あぁ、いいんだ。知らなくて」 権力ばかりを追い求め、家族なんて顧みなかった息子。病気だった父の存在は、邪魔だとさえ思った。死んでからは葬式にも顔を出していない。 殺し屋は僕への、ちょっと早い、サンタからのクリスマスプレゼントだ。僕が1番欲しかったもの。 「…そろそろ時間だ。」
- 完 -