今ここにある死体は探偵ではない

「視点を変えて話してみましょう」 「今ここにある死体は森野さんのものだと考えられています。しかし、これが森野さんの死体でないとしたらどうでしょう?」 探偵の言葉に場は騒然とした。では、この死体はいったい誰だと言うのだろう。 「では、いったいこれは誰の死体なのか?お答えしましょう!」 探偵が得意げに発した言葉に、この場にいる誰よりも私が驚愕しただろう。 発せられたのは私の名前だった…

ゆらぎ

12年前

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「な、なぜその死体が私であるわけがありましょうか!私は生きてちゃんとここにいます。死んでなんかない!」 私は必死になって訴えたが、探偵は表情を変えずに腕を組む。 「では、次はこう考えてみましょう。……今、ここにいる全員があなたを今井隆夫さんだと思っていますが、もしも、あなたが実は今井隆夫さんでなかったとしたら」 何も言い返せない私に探偵は指を突きつけた。 「あなたが犯人なんですよ森野さん」

kam

11年前

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「いやっ!私は森野さんじゃないっ! 信じてくれっ!」 周りの目は冷たいままこちらへ向けられている。 くそっ、誰にも信じてもらえ…な… …まてよ? もしかしたら、私は森野なのか? 周りがそう思い込んでいるように、私も自分を今井だと思い込んでいる…? …いやいやまっさかぁ! そんなわけ…、そんな、そん…な… 「あなたが犯人ですね?森野さん」 「…はい」

沖田爽

11年前

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そう、私は森野。 いや、今井隆夫…? いや、森野? 目の前には死体が一つある。そしてここには関係者が全員集められている。それは事実。 「自分で自分を殺したことにして、あらたな人生を歩むつもりだったのですね?」 「はい…」 つい、状況に乗せられてそう答えてしまう。周りの視線が疑惑へと変化する。 何だ、これ。 冤罪だ。 私は自分を失い、犯罪者に…させられようと… この探偵に、心を、操られ──

11年前

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いや、違う。 探偵は私を助けようとしているんじゃないか。 私が死んだと思わせて、真犯人を炙りだそうとしている…? 何のために? もしかしたら探偵が真犯人なんじゃ……? いや、待て。 冷静になれ。私は間違いなく今井だ。 しかしそれを証明できない。 どうして? この死体が森野で私が今井。 これすらも偽りだとしたら? 私が私である証明ができるのは。 「違います。この人は森野じゃありません!」

11年前

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名乗りをあげた少女は高沢由佳と名乗った。 「あなたは森野さんのことを知っているのですか?」 「もちろんです」 「本当は知っていると思いこんでいるだけではないのですか?」 高沢は自信を失ったように、けれどもはっきりと言った。 「この人は森野さんではありません。私にはそれがわかるのです」 探偵は唸りながら目をつむった。 「あなたが森野さんではないとするなら、あなたは一体誰なのですか?」 私は今井だ。

aoto

11年前

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「私は今井です」 探偵は信じる様子もなく、ふうんと唸っただけだった。そして高沢と名乗った少女に向き直る。 「高沢さん。ではあなたはこの亡くなっている人が森野さんだと言うのですか」 探偵に言われ、少女はおずおずと死体を確認した。 「……違います。これも森野じゃ、ない」 また疑惑の目が私に集まる。駄目だ、心を強く持て。私は今井、今井なのだ。 少女が再び口を開いた。 「森野はあなたでしょう、探偵さん」

lalalacco

11年前

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「面白いことを仰る。ならばこの死体は誰なんです」 「今井さんです。最初にそう言ったのはあなたでしょう」 「それは、そこの彼が森野であるという前提での話だ」 探偵と少女の会話を、私はただ呆然と聞いている。 結局、私は誰なんだ。 「仮に私が森野だとしたら、ここに呼んだ筈の探偵は何処にいるんです。高沢さん、まさかあなたが探偵だと?」 「私じゃありません」 そう答えて少女は私を見た。 え、まさか。

hayayacco

11年前

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「先生、牛丼特盛つゆだくです!」 私にかけられた催眠を解くキーワードを高沢が叫んだ瞬間、私は全てを理解した。そして探偵…いや森野を睨む。 「今井を殺して入れ替わるはずが、私が今井だと言い張ったので探偵役をやらざるを得なかった…そうですね、森野さん。あなたが犯人だ」 そう…私こそが探偵。 暗示にかかりやすい体質を生かし、助手の高沢に催眠をかけられる事で事件を解決する探偵…それが私だ! …たぶん。

- 完 -