俺は勇者だ。国王が、困ったことになった様子だから、助けるぜ。 何でも、姫が魔王に攫われたようで、7日以内に12神将を倒し、聖なる石板を完成させて、魔王城に行って四天王を倒して、魔王を撃破して姫を救えばいいようだ。 王は旅のお供にと、150Gと聖なる剣をくれた。 城下町を出ると、風が吹き抜ける。 俺は決意した、生きて帰ると。 この戦いが終わったら、結婚するんだから。 そして、一歩を踏み出した。
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と、僕は寝言で言っていたらしい。 恥ずかしい。なんとも恥ずかしい。 こんな羞恥は僕史上、いや、人類史上初めてかもしれない。 修学旅行一日目の夜で、僕はもうやらかした。 藤井が僕に言った。 「お前、終わったな。」 同じ部屋の男子によって、僕の寝言の件は瞬く間に生徒の耳に浸透していった。 もちろん、女子にも。 最悪な修学旅行だ。
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「ねー知ってる?四組の竹村君…」 「知ってる知ってる。寝言で勇者とか言ってたんでしょ?」 「本当、男の子って子供よね〜」 次の日の観光中、俺の姿を見るやいなや、クラスメイトの奴らは俺の寝言の話を始める。 「よかったな〜竹村っ!女子の会話はお前の事で持ちきりだぜ?」 相変わらず空気の読めない藤井が肩を叩く。 うるせーよ、お前らは俺じゃなくて金閣寺を見ろ。
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その後も俺は一日中あちらこちらで囁かれる羽目になった。 全然知らないギャル系女子にまであけすけに笑われた。誰だお前。 疲れ果てた俺は、鹿せんべいを齧りながら公衆トイレの裏に座りこんだ。 「お前、竹村?」 え、 「勇者の竹村だろ?」 だからなんでっ! 俺はヤンキー系男子とも絡んだことは無い! 「俺、戦士なんだ!」 「…は?」 切羽詰まった様子のヤンキー系男子、一組の多田。 なにこれ?
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「は、あの、どゆこと?」 わけも分からず、思い切って訪ねてみる。 「だから、戦士なんだって俺!」 駄目だ通じてない。「俺は戦士だ」の一点張りだ。 「悪いな、俺の寝言に同情してんなら放っておいてくれ…じゃ俺班に戻んなきゃ」 そそくさと戻ろうとしたら、多田は一層に声を張り上げた。 「他にもいるぞ!魔法使いは大滝だし、僧侶は今井!盗賊は高峰で、狩人は坂田!皆、お前と同じ夢見てんだ!」
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「いやいや待ってくれよ。いろんなツッコミを置いておいて多田の話を鵜呑みにするとして、お前は俺に何をさせたいんだよ」
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「もちろん決戦だ」 「……な…んだって?」 この時の俺がどんな顔をしたか分かるだろうか。 「すでに12神将を倒し石板を手に入れてる。今夜魔王城への道を開いて四天王と魔王を一気に片付けよう」 俺を嘲笑った同級生達の気持ちがよく分かる。この沈黙をどう捉えたのか「大丈夫、俺らは強い!」と多田は言った。 それからひらひら手を振って去って行った。 「夢で逢おうぜー」と怖いセリフを残しながら。
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そして、夜。 今日は、勇者発言のせいで疲れているのに多田の戦士発言で更に疲れた。 倒れこむように布団に入る。 「勇者のくせに体力ねぇな」と藤井。 うるさい勇者様は大変なんだよ、と言おうとしたところで強烈な睡魔に襲われた。やっぱり疲れてたんだな、俺。 「………………い!…つま……てんだ!」 一組の天田がどうかしたか。 「いつまで寝てんだって言ってんだよ‼︎」 拳骨が脳天に炸裂。 「……多田?」
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あたりは薄暗い。まだ夜なのだ。クラスメイトの寝息が微かに聞こえる。そして俺を見下ろす多田の後ろにはーー「今井、高峰、坂井?」 「だから俺ら4人とお前は同じパーティーなんだって!」と多田。 「悠長に説明している暇はない!」と今井。 「超現夢で見た通りだ。魔王の正体が分かった。実体はこちらの世界にいる!」と高峰。 隣の布団から藤井の寝言が聞こえた。 「やるな勇者ども。だが貴様らが倒した私はただの幻…」
- 完 -