あっち向いてホイ道場

「あっち向いてほい道場」 日曜の昼、失業したての俺は、散歩がてらに寄ってみた人が近寄らないと噂のその立派な日本庭園と、その門に堂々と掲げられた看板に目を点にせずにはいられなかった。 無駄に熱く、達筆に書かれた看板に気を取られていたせいか。 「才能のにおいを感じるぞ!」 と元気な白髪のお爺さんが現れ、俺は逃げる暇なく、その人に中へと連れ込まれてしまった…。 ……一体何なんだこれ⁉︎

竹原ヒロ

10年前

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道場は畳が敷かれ、土俵のように中心に2本の肩幅程の線が書かれていた。 その線を前に座り、袴姿の老人と向かい合った。 「お主、あっち向いてホイと言う武道をご存知か?」 そんなものは誰だって知っている。ただあれが武道と言われると首を傾げずにはいられない。 「なに⁉︎知っておるのか‼︎どこで知った⁉︎」 どこも何も普通に学校で… 「なんと‼︎今では学校で教えられるのか‼︎」 …イチイチ鬱陶しい爺さんだ

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「では、早速ゆくぞ!あっち向いてー…ほいっ!」 え!?ええ!? 咄嗟に左に顔を向けた。 「おお、すげー!お主から見て右の方に度肝を抜く美人が立っておる!本当に美人じゃの!」 えっ?まじ? 右を向くと誰もいなかった。 「ふっ!勝った!わしの勝ちじゃな!修行が足らんぞ!」 くっ、なんだこの悔しい気持ちは もう一回だ! 「本気を出してきたか!かかってこい!」

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修行なんかしてないけど、ちょっと燃えてきたような…気のせいか。 とりあえず、こっちこそ! あっち向いてー… 人さし指をくるくる回す。 ほいっ! 俺の人さし指は天井を指す。 宙を見上げるようにして爺さんはポカンとしていた。 なんだ、意外にもあっけない。 「くうぅぅ…。絶妙なタイミング!規則的な指の動き!不覚!」 爺さんは悔しそうにつぶやいている。 ──爺さんが引っかかりやすいだけだろ。

海猫

9年前

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仕方ない! これだけは最終奥義に取っておこうかと思ったが、(もう5パラだし早く使った方が良いな。) 爺さんがブツブツと何かを言いながら風呂敷から取り出したのはタブレット端末。 「ふふふ。これを見よ!」 言われなくても目の前のディスプレイが鬱陶しい。画面には"あっち向いて"の文字が七色に光り輝き、上に左に右にと忙しく切り替わる。"ほい"まで約5秒… 俺は下を向いた。 画面の人差し指も下!

響 次郎

9年前

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「ほっほっほ! 勝ったぞ。勝ったぞ。わしが勝ったぞ!」 と爺さん大喜び。 そんなに喜ぶような事かよ? 俺は呆れた。 「3本勝負で2勝1敗じゃあ〜! わしが勝ったのだ〜!」 そう叫びながら、道場をぐるぐると走り回る姿は滑稽この上ない。 なんだかな〜? と思っていたら、いつの間にか老人は俺の横に来て、こう言った。 「わしが勝ったとは言え、お主も1勝しておる。わしに手傷を負わせたわけだ」

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「お主には才能がある。という訳でこの道場の看板を預けたい」 はあ? 「いやあ、家を任せられるモンがおらんで困とったんじゃ。町内の福引でハワイ旅行が当たっての〜!」 そう言い残すと爺さんはハワイに向けて旅立ってしまった。 何だったんだ今の一連の流れは…良いように丸め込まれただけの様な気がするぞ…。 ふと床の間に目を落とすと『あっち向いてほい道・最終指南之書』と書かれた仰々しい本が飾ってある。

Utubo

8年前

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俺が指南書を手に取ってパラパラ捲ってみると、そこには幾つかの心得が記されいた。 一、あっち向いてホイは何れ世界に平和をもたらす故、普及に努めるべし。 いや、スケールでか過ぎだろ!てか、みんな知ってるし! 一、相手と対峙する時は、正々堂々と戦うべし いや、さっき「美人がいる」って騙したよね! 一、ホイをする際は、自らの指に気を貯め、一気に放つべし いや、タブレット使ってたら意味無いよね!

hyper

6年前

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一、途中で投げ出すようなことはせずに責任を持って挑め。 ハワイ旅行行ったやん 指南書の最後にはこう書かれていた 自らの赴くままにホイするべからず。 ホイには必勝法がある… お、これは気になると思い次のページ進むと 勝負をせずして勝てるものはいない。 諦めていてはなにも変わらぬ。 失敗を恐れずひたむきに修行し続ければ必ず其方の努力は報われるだろう。 失業したての俺にはとても響く言葉だった。

たぴ岡

6年前

- 完 -