殺さないけど、死んで。

真夜中。 世間一般でいう殺人鬼の私は、今日も、多感な少女が夢見るように、生きた心臓が鼓動するのと同じように、当たり前に私と同じ年くらいの男子の頸動脈を切っていた。 鮮血が飛び散り、私はウットリとビクビク震える肢体を眺めた。 やがて震えが止まり、私は指で彼の腹から胸へとなぞっていく…が、それは突然の事だった。 動かないはずの彼の右腕が私の腕を掴んだのだ。 「やぁ」 と、驚愕する私に彼は笑顔で言った。

竹原ヒロ

11年前

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「やっと捕まえた」 鮮血に塗れた笑みに、背筋が凍る。 体を硬直させたまま、私はやっとの思いで言葉をしぼりだす。 「...なんで死なないの?」 あり得ない。この方法で命を私のものにできなかったことなんてない。 彼の口角がさらにあがる。 「死ねないんだ」 ほらね、と私が切り開いた傷のあたりの血をぬぐう。 傷は無かった。彼は続ける。 「だけど僕は死ぬって瞬間が好きでね。殺してくれる人をさがしてたんだ」

m.hatter

11年前

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「君の目は濁ってる。…堪らないよ、その鈍い輝きが」 血みどろの手を私の顔へと伸ばす。 私の体は金縛りにあったかのように動かない。ただならぬ恐怖が私を支配する。 「…怖くてすくんじゃった?まあ、そうだろうね?…ふは、はは」 彼がわたしの頬に触れる。 「僕はね、死ぬ感覚は知ってるけど殺す感覚はしらないんだ」 突然、表情がガラリと変わった。 顔に指がめり込む。 「殺したら、おまえの目はどうなる?」

syan

11年前

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「…なんてね」 彼はあっさりと私の顔から手を離した。 「君みたいな人には早々会えないからなぁ。今殺すのは勿体無いよ」 彼が肩をすくめているところを狙い、今度は心臓にナイフを突き刺す。ナイフを捻って肉を抉る。真っ赤な血を吹き出し彼は崩れ落ちたが、数秒後にまた起き上がった。 「すごい!隙を見せたら躊躇なくきたね!君は最高だよ!」 ダメだ…勝てる気がしない。 私がへたり込むと彼は私の頭を撫でてくれた。

nanome

11年前

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「ところでさ、何で僕が死なないのか知りたくない?」 座り込む私の前にしゃがみ首を傾げ目を覗き込んだ。咄嗟に逃げようとする私の腕を最初からわかっていた様に掴み言う。 「離して…!」 「君は殺しが好きなんだって?僕がこうなったのは実はある男の仕業でさ」 つまり君に殺し屋を頼みたい訳。男は楽しそうにそう言って笑った。 更に男は続ける。 「お礼と言っちゃ何だけど終わったら僕も殺させてあげるから」

annon

11年前

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「でもあなたは死なない」 「人の話聞いてる? そいつを殺せば俺の人生は終わりさ」 愉快だろう? と、男はにやけながら私の腕を引き寄せ耳元で囁いた。油断していた私は、男に耳を甘噛みされた。その瞬間、長い間私の中から消えなかった殺気が和らぐ。 男は私のわずかな吐息を聞き逃さない。 「その手で何人殺した? どんな手段で? 女の武器を使うとか?」 「女の武器は殺しの前戯に過ぎない。まずは男の話を聞かせて」

11年前

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「ははっ、とんだ欲求不満だな。でも悪くない」男は心臓に刺さったナイフを引き抜きながらニヤリと笑う。 「近くに大学の研究所がある。そこで10万円ぽっちで俺は被験者になったワケさ。なんの薬か知らされないまま、結果このザマだ」 カランとナイフを投げ捨て、もう一度私の耳を軽く噛んだ。 「どうだ?この怪物みたいな体を殺せるんだ。君にとってはゾクゾクする話だと思うが」 甘く魅惑的な男の言葉に、一瞬目眩がした。

10年前

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「殺させて」 喉が勝手に震えた。 真夜中。世間一般でいう殺人鬼の私は、今日も人を殺す。あれから死ねない男は《ある男》の情報を話した。その時私は確かに倍速で流れる血を感じたし、その場で明日の計画を立てた。そして翌日になり、後は歩いて、殺すだけ。 気分がいい。心音がハッキリ聴こえる。 心音? そうだ。私にとって殺しは拍動だった。意味はあるが目的ではない。 …あれ?私は今から何をしようとしている?

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途端、自分の目的が分からなくなった。 次に意味が分からなくなった。さっきまであったそれが、突然私の心の中から消えた。 殺しをする意味が分からなくなった。 生きている意味が分からなくなった。 他人を殺す位なら、自分を殺してしまえば早いのではないか、 手の内にある刃物が自分に向いた。 …なんだ、あの男は、私が死ぬ所をみたいだけか。 歪む視界の端で怪物が笑った。

りんご

10年前

- 完 -