辻堂睦月先輩は、呆れたような立ち姿が素敵だ。 変わり者だらけの文芸部に入って約半年。気付けば恋をしていた。部長に。 彼女がいて、しかも相手が副部長の八田美那穂先輩だと知ったのは、恋心を自覚した後。 文章を書く者として、八田先輩のことは尊敬している。 だけど、なぜあの、あんぱんのことしか頭にないような八田先輩が、辻堂先輩の彼女なんだろう? 私は、こっそりと2人の関係を観察することにした。
- 1 -
文芸部の活動は放任主義的で、毎回各自の判断で自由にしている。 辻堂先輩は『精神分析入門』なんて、小難しい本を読んでいる。 辻堂先輩は自分でも小説を書くのに、小説を読み物とは認めておらず、読み物は学術書と新書に限っている。 しかし、八田先輩に薦められた『図書館戦争』は新品で購入して、隠れて読んでいるのを日頃の観察から私は知っていた。 難しい顔をして、慣れない恋愛小説を読む先輩の姿は必見である
- 2 -
で、一方の私の恋敵である八田先輩はといえば、相変わらずあんぱんを口に入れてモゴモゴ言いながら、シャーペン片手に何やら書いている。 「ねえ美那穂ー、私にもあんぱん半分ちょうだい?購買で買いそびれ…」 すると先輩は、無言でぐるっと後ろを振り向いた。 「あ、いやゴメン、何でもない…」 と、先輩は持っていたあんぱんを半分に割り、友達に渡したではないか。 「@※☃¥☎︎%♪○♨︎☆」 「あ、ありがと…」
- 3 -
最近になって気付いたことだが八田先輩はあんぱんをシェアするようになってきた。 私が文芸部に入りたての頃は、まるまる一個のあんぱんを見事に一人で食べきっていたのに。 心境の変化には辻堂先輩が絡んでいるに違いなかった。 だって、部長のカバンに今まであんぱんが入っていたことなんてなかったから。 あれはきっと、放課後二人で食べる分なのかと思うと胸が痛む。 私だって餡子は好きなのに。 饅頭派だけど。
- 4 -
もやもやとした気持ちを抱えた私に、天は皮肉な贈り物をしてくれた。 「……本当に、貰ってもいいの?」 その日、友達から渡されたのは、来月公開予定の新作映画の試写会チケットだった。 辻堂先輩が読んでいた、あの小説が原作の注目作。 「どーしても外せない用事ができちゃって……」 私の手に握らされた、”二枚の”チケット。 「ペア招待券だから、誰か誘って行ってきてね!」 誰かを。 ──誰を?
- 5 -
…友達と、行こうか。 いや、だめだ。私の友達はこんな恋愛物好きじゃない。多分。 妹は…だめだ。あの子は映画がそもそも好きじゃない。確かお母さんもそうだったはず。 なら、他に誰が… 「…」 辻堂先輩は、私が誘ったら来てくれるだろうか。 いや、八田先輩と付き合っているから、やはり断るだろう。それに、こんな私なんかが辻堂先輩を誘ってもいいのか、わからない。 本当は、一緒に行きたいのだけど。
- 6 -
考えて考えて堂々巡りした思考は普段の自分ならありえない行動に辿り着く。 「友達からペアチケット貰ったんですけど…」 これなんです、と反応を伺うようにチケットを見せる。 「あ、これ俺も気になってるやつ!」 ええ知っています。一緒に観に行きませんか?この一言で運命は決まる。 「あのよかったら!一緒に…」 「そうだな。皆で行くか」 「はい、皆で…ん?」 辻堂先輩もチケットを持っていたらしい。
- 7 -
そんな、そんなっ。 辻堂先輩と2人で行きたいです、そう言いたいのに、言えばいいのに…喉元に引っかかって出てこない。 「あ、あのっ、」 でも、仮に行ったとしてどうするの? 相手はあんぱん好きな彼女持ち。 告白なんてする勇気私にはない。 目の前には不思議そうな顔をしている先輩。どうする!?私。 「い、いえっ。やっぱ、何でもなかったです。」 「?…そう?」 はぁ〜、と大きなため息をしていると──
- 8 -
「私、原作厨ってやつだから映画はなぁ」 八田先輩が指についたあんぱんの白ごまを舐めとりながら覗き込む。 一瞬心が照ったけれど、そんなことに喜ぶ自分が嫌だ。それに辻堂先輩が八田先輩無しで行くとも思えない。 「俺は偏見無し。山崎は? 原作読んだ?」 「ま、まだです」 この時私は気づいていなかった。 ペアチケットは、一枚で二人分と言うことに。 後日、結局文芸部六人で仲良くあんぱん片手に鑑賞しました。
- 完 -