ヤバイ。本っ当にヤバイ。 私がソイツに気付いたのは1時間前。 電車に乗ってるとスポーツ新聞を持ったオッサンと目が合った。オッサンは直ぐ目を逸らして新聞を読み出した。その時は何も思わなかった。駅で降りてショッピングしてたら、オッサンがいた。偶然ってあるもんだと思った。次は、食事中、後ろの席にいた。変だと思い、ランジェリーショップに入ったら、出入り口にいた。 尾行されてる。 何故? どうしたらいいの。
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こっちが気付いてないとでと思っているのか、まだ白々しく楽天優勝の記事を読んでいる。もう夕暮れでろくに字も読めないだろう。それでも新聞を読む姿はとてつもなくハードボイルドを感じさせた。というかアホみたいだ。 私は自然を装いながら歩き始め、瞬間を待つ事にした。歩くこと数分その瞬間は来た。歩行者信号の点滅と共に走る。 大丈夫、渡れる。この先は入り組んだ路地裏だ。絶対に逃げれると自分に言い聞かせた。
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やっとまけた。 それにしてもあのオッサンは一体誰?路地裏はわかってなかったから地元の人じゃなさそうだけど。それにしても何か引っかかる。何処かで見たような。いや、そんなことはどうでもいい。今は家に帰ることだけ考えよう。 私は歩調をはやめた。 タッタッタ、タッタッタ 嘘でしょ?! 恐怖心を押さえ込んでミラーをみた。 やっぱり!!まだついてきてる。 もういっそのこと振り向いて問いただしてしまおうか?
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私は勇気を振り絞り、おっさんに質問をした。おっさんはその質問に答えることはなく、逆に私に質問をしてきた 「あなたにとって、僕とはなんですか?」 こっちが聞きたいようなことを聞いてきたけど、これもおっさんの作戦かもしれないと思い、私は冷静に答えた 「赤の他人です」 それしか私には答えることはできなかった。 それを聞いたおっさんは笑いながら 私を見る 恐怖だった。私はその場から逃げた。 財布を落として
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落としたのに気が付いたのは、翌日の朝。 昨日の恐怖で夜も眠れず、遅刻しそうになっている駅の改札で定期を出そうと財布を探すとみつからない。 連続して起こる問題にパニックになりつつバタバタしていると 「あの、これあなたのですよね?」 優しい声に警戒もなく振り返ると、おっさんが私の財布をもって立っていた。 そして、声と真逆の嫌な笑顔を浮かべて言うのだ。 「さあ、これで赤の他人ではなくなりましたね。」
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「ありがとうございます」 全く感情を込めずに答えた。 「クレジットカードを持ってなくて良かったですね」 おっさんはそう言って私に財布を手渡した。 急いで中身を確認する。 現金。定期。保険証。ポイントカード。 何も無くなっていない。そう安心しそうになった時、見慣れないカードが入っているのに気がついた。 取り出してみるとそれは1枚の名刺だった。
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「前に一度お渡ししてると思うんですがね…」 おっさんが得体の知れない笑みを浮かべる。名刺を確認するよりも前に、私はそれを握りつぶして地面に叩きつけていた。気味が悪い。 「そんな失礼なことをして…一体親にどんな教育されてるやら」 その言葉に私は恐怖した。 母子家庭の私には母親しかいない。 落とした財布には保険証。つまり家の住所もばれている。 私はその場から必死に逃げ家に向かった。
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あ……! 思い出した。 このおっさんに初めてあったのは、半年くらい前。母親と交際していた。多少は進展してたみたいで、一度3人でレストランに行ったことがあった。その時も、おっさん、以上の感想はなかった。母さえよければ父親はある程度なら誰でもいい。その数日後、母の方からさようなら。だったはずだ。 あの時はまだ家の住所までは分からなかったはず、ということは……。 背筋が凍った。私は死ぬ気で家に向かった。
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「お母さんっ‼︎」 玄関から叫ぶが、応答が無い。慌てて部屋という部屋を探す。いない。遅かったんだ、もうお母さんはあいつに…。 「やあねえ、どうしたの」 かちゃりとトイレのドアが開いて母が出てくる。 「お母さん、引っ越そう!ここにいちゃだめ、おっさんが…」 『かちゃり』 …え? 「玄関の鍵も開けっ放しで。一体親にどんな教育をされているのやら。僕を選んでいればきちんと躾けてあげたんですが」
- 完 -