人斬りの幸せ

ただ振るだけの単調な作業。一振りするたびに一人、また一人と屍になる。 はじめは上手く肉や骨が切れずに刀が振り抜けない。しかし慣れてくると空気を裂く様に切れる。 時々後ろが気になるが、後ろは振り返らない。自分の罪を突き付けられるのが怖いから、がむしゃらに進む。 どのくらい振ったのだろう…千、いや万はいっただろう。少し休もうと物陰に腰を下ろした。そこにはいつの間にか痩せた女がいた。

ケリラ

12年前

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こんな戦場に、何故女などいるのだろう。 ほんやりと考えて、嗚呼、でも己の前に居る者は総て切らねば、と重い腰を再び上げた。女は、何も知らぬ気に座っている。 ざり、と音を立てて前に立つと、漸く女は俯けていた顔を上げた。痩けて白い顔立ちの中で、不安気に眉が寄る。 「誰か、居られるのですか」 その目がゆるゆると彷徨うのを見て、ふと気づく。 この女は、目が見えていないのだと。

みかよ

12年前

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「そなた、盲いか」 「左様でございます」 「斯様な処になぜ居るのだ」 その言葉に女は見えぬ目で辺りを見回すような素振りをした。 「わかりませぬ。気がついた折りにはここに居りました。ここはどこでございましょう」 よくよく見れば女の顔立ちは整い、身なりはこざっぱりとあか抜けた様であった。 何処ぞの金持ちの娘が戦の混乱に巻き込まれ一人迷い込んだものであるかも知れぬと思われた。 さて、どうしたものか。

Noel

11年前

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放っておくには行くまい。 「手を離してはいけない。何、心配はいらない」 女の手を取ると、戦場の外を目指し、女に合わせゆっくりと歩む。 「なんだか鉄錆の臭いがします」と云うから 「側に製鉄所がある」と嘘を話した。 先ほどまで抱いていた虚無感や恐怖といったものは失われた。今や守るべきものがある。変わりに身体は自信や正義で満たされた。 たとえ、鬼に阻まれようと、今なら勝利を得られる気さえする。

朗らか

11年前

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「…右後方、複数の馬蹄が聞こえます」 「む?」 それは、己の耳にはまだ届かぬ音であった。盲目の女はふと、焦点の合わぬまま微笑んだ。 「矢張り、此処は戦場でございましょう?」 「ああ、そうだ。鉄錆の匂いは血の気配」 出来れば刃を抜かないまま済ませたかったが、そうも行かぬらしい。 収めていた刀を抜き放つと、女が鍔鳴りに小さく肩を竦めた。 「守ってくださいますの?」 「勿論」 抱き寄せる女の肩は細い。

11年前

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道端の木陰に身を潜める。女がいなければ、この策は取れなかったであろう。漸く己の耳に届き始めた馬蹄の音は目的を見失い戸惑うように聞こえた。 馬は二頭。目の前まで引きつけて、一閃。振った刀は確実に馬脚の筋を捉え、追っ手は馬上から投げ出された。 後は同じように、ただただ振り抜くだけ。肉を断ち骨を断ち、その命を奪うだけ。 刀を振りかざした刹那、 「お止め下さいましっ」 絹を裂くが如くの悲鳴が響いた。

lalalacco

11年前

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「殺してしまうことはないでしょうに。気絶だけさせてしまえばよろしい。人を守るのに、罪を重ねてはなりません」 盲の女は肩を震わせ、漂う殺気に恐れていたが、その口から発せられた言葉からは気の強さが伺われた。 「気絶だけでは再び追いかけられるだろう」 「そのときはまた、気絶させたらよいのです。殺せば怨嗟を生み、あなたは再び追いかけられます」 考えたこともなかった。目の前の敵を切り捨てるだけ。

aoto

11年前

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更なる追っ手が迫る。 「あなたの腕ならば命を取らずに勝つ事も容易いはず。よろしいですね」 女の言葉には有無を言わさぬ威厳があった。 「御意のままに」 つい口に出た己の言葉に驚く間も無く、追っ手が刃が降ってきた。刀を振って払い除けてから石突で当て身を食らわせ、気絶させる。 「それでよいのです」 満足げな笑みを浮かべる女を見て、やはり卑賤の者でない事を確信した。 「貴女様は一体…?」

hayayacco

11年前

- 8 -

「私は…」 口を開いた女の背後には、気絶させたはずの追っ手が刃を降り上げていた。 「下がれ、あぶない」 追っ手の男が崩れるように倒れた。 「驚かせたしまった、すまない」 己の腹の傷に気づいたのはその後だった。 女は自分の羽織りで必死に血を止めようとしていた。 もう、この女が誰であろうと良かった。ただ、女と出会い最後に人の心を持って死ねることが幸せだった。 そして、ゆっくり目を閉じた。

- 完 -