その猫、コバヤシにつき
ねこだ。
目覚めると、枕元に座って見下ろされていた。
見れば毛並みも毛艶も共に良く、触れてみたい、撫でてみたい。そんな衝動がふつふつと湧いてくる。
どこから入ってきたんだろう?
そんな事を考えているとそいつは欠伸を一つして、ヒゲの手入れを始めた。
一通り終えると、某然と見ている僕をじっと見つめ返してくる。
に、にゃあ?
とりあえず言ってみた。
- 1 -
ねこは冷めた様な目つきで見つめてくる。何となく馬鹿にされた気分になった。
「…何だよ…ねこのくせにっ!そんな目で見るな!クソっ!お前なんか放り出そうと思えばいつでも放り出せるんだぞ!」
するとねこは
『お前は、もう少しマシな人間だと思っていたが、吾輩の見当違いのようである…』
喋った。
…信じられん…
- 2 -
『猫にもいろいろあるさ。どれもこれもひっくるめて猫と呼んでいるから、皆一様に感じられてしまうのだ。吾輩だって昔は、人間を皆一様人間だと思っていた』
猫は当座し、尾を左右に振った。生意気に腕など組んでいる。
「じゃあ、どう呼べばいい?」
『吾輩はネコである』
えっ、
『冗談だ。夏目漱石が流行ってるのだろう?』
流行っているわけではないが、むしろ伝統芸に近い。
『吾輩はコバヤシと名付けられておる』
- 3 -
「…コバヤシ…」
猫にしては渋い名前だな、名前というかなんというか…など思いつつつぶやく。
『うぬ、どうせお前、名字みたいな名前だと思っておるんだろう。』
まぁ…と思いながら黙っていると、コバヤシは先を続ける。
どうもこいつは饒舌な猫のようだ。
『よいよい。実のところ名字なのだからな。吾輩の名付け親、笹木という男の、縁ある名だと言っておった。』
気になっていることを聞いてもよいだろうか。
- 4 -
「お前、本当に普通の猫だよな?
皆、お前みたいに喋んの?」
柄にも無くワクワクしながら聞いてみる。
すると、コバヤシから出たのは意外な返答だった。
『さあ?我輩も知らぬな。』
「はぁ?」
子供のような胸の高揚感は一気に醒めた。
『他の猫と話をしたことが無いからな。我輩はずっと笠木の所で飼われておったからな。』
「…そうかい。で、笠木の猫はなんでここに居るんだ?」
「コバヤシだと言っておろう。」
- 5 -
「分かってるって、笹木に名付けられて笠木に飼われてたコバヤシ」
『コバヤシだけでよい』
「とりあえず、さっきからチョイチョイかわゆいポーズとるのやめてくれるか。気になって話が進まん」
『吾輩はネコである』
「そのポーズ!」
ねこは笑うように体を揺らした。やっぱり馬鹿にされてんのかな。
『お前を見込んで、頼みがある』
見込まれてた。
『吾輩は探しておるのだ。この探し物には人の手がいる』
「探し物?」
- 6 -
「…分かった分かった。さ、早く笠木の所へお帰り」
『おぬし、馬鹿にしておるのだろう』
当たり前だ。探し物と言われて一瞬眉が寄ったが、まぁコレも何かの縁。そう思って協力してやろうと頷けば、思いも寄らない物だったのだから。
『…こんな物も知らぬとは…やはり見込み違いか』
「ちょっと待て。勝手に決めるな。知ってるから」
『ならば。何故探せぬと申すか』
決まってる。そんなの見たことないからだ。
- 7 -
「なあ、コバヤシ」
『…なんだ』
興味無さげに細まった目がおれをじとりと見つめる。猫なんだからもう少し猫被るなりなんなりすればいいのに。
「それ、ほんとにあるの?聞いた事しか無いんだけど」
『ある』
即答された返事と共に、ぴんと尻尾がたった。そしてふらふらと左右に揺れる。
『とにかくそれを見つけてくれぬか』
「俺が…?」
『我輩の手助けをするだけでよいのだぞ。それなりの報酬はくれてやる』
- 8 -
頼みに応じ、俺はコバヤシを連れて山路を歩き回った。
コバヤシが指示した崖の若木をとってやる。
「これが野生のマタタビ…」
『やはり天然物に限る』
夢中でマタタビにじゃれるコバヤシに、俺はすっかりほだされた。
しばらくして俺の家に再びコバヤシが現れた。産まれたての仔猫を口に咥えて。
「これが報酬か…?」
俺は里親を引き受け、小コバヤシを力一杯愛でながら暮らしている。
そのうち喋り出すのを楽しみに。
- 完 -
作品情報
その猫、コバヤシにつき
#1482
- リレー期間
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5ヶ月