その猫、コバヤシにつき

ねこだ。 目覚めると、枕元に座って見下ろされていた。 見れば毛並みも毛艶も共に良く、触れてみたい、撫でてみたい。そんな衝動がふつふつと湧いてくる。 どこから入ってきたんだろう? そんな事を考えているとそいつは欠伸を一つして、ヒゲの手入れを始めた。 一通り終えると、某然と見ている僕をじっと見つめ返してくる。 に、にゃあ? とりあえず言ってみた。

kagetuya

13年前

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ねこは冷めた様な目つきで見つめてくる。何となく馬鹿にされた気分になった。 「…何だよ…ねこのくせにっ!そんな目で見るな!クソっ!お前なんか放り出そうと思えばいつでも放り出せるんだぞ!」 するとねこは 『お前は、もう少しマシな人間だと思っていたが、吾輩の見当違いのようである…』 喋った。 …信じられん…

13年前

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『猫にもいろいろあるさ。どれもこれもひっくるめて猫と呼んでいるから、皆一様に感じられてしまうのだ。吾輩だって昔は、人間を皆一様人間だと思っていた』 猫は当座し、尾を左右に振った。生意気に腕など組んでいる。 「じゃあ、どう呼べばいい?」 『吾輩はネコである』 えっ、 『冗談だ。夏目漱石が流行ってるのだろう?』 流行っているわけではないが、むしろ伝統芸に近い。 『吾輩はコバヤシと名付けられておる』

aoto

13年前

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「…コバヤシ…」 猫にしては渋い名前だな、名前というかなんというか…など思いつつつぶやく。 『うぬ、どうせお前、名字みたいな名前だと思っておるんだろう。』 まぁ…と思いながら黙っていると、コバヤシは先を続ける。 どうもこいつは饒舌な猫のようだ。 『よいよい。実のところ名字なのだからな。吾輩の名付け親、笹木という男の、縁ある名だと言っておった。』 気になっていることを聞いてもよいだろうか。

mau

13年前

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「お前、本当に普通の猫だよな? 皆、お前みたいに喋んの?」 柄にも無くワクワクしながら聞いてみる。 すると、コバヤシから出たのは意外な返答だった。 『さあ?我輩も知らぬな。』 「はぁ?」 子供のような胸の高揚感は一気に醒めた。 『他の猫と話をしたことが無いからな。我輩はずっと笠木の所で飼われておったからな。』 「…そうかい。で、笠木の猫はなんでここに居るんだ?」 「コバヤシだと言っておろう。」

レリン

13年前

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「分かってるって、笹木に名付けられて笠木に飼われてたコバヤシ」 『コバヤシだけでよい』 「とりあえず、さっきからチョイチョイかわゆいポーズとるのやめてくれるか。気になって話が進まん」 『吾輩はネコである』 「そのポーズ!」 ねこは笑うように体を揺らした。やっぱり馬鹿にされてんのかな。 『お前を見込んで、頼みがある』 見込まれてた。 『吾輩は探しておるのだ。この探し物には人の手がいる』 「探し物?」

Pachakasha

12年前

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「…分かった分かった。さ、早く笠木の所へお帰り」 『おぬし、馬鹿にしておるのだろう』 当たり前だ。探し物と言われて一瞬眉が寄ったが、まぁコレも何かの縁。そう思って協力してやろうと頷けば、思いも寄らない物だったのだから。 『…こんな物も知らぬとは…やはり見込み違いか』 「ちょっと待て。勝手に決めるな。知ってるから」 『ならば。何故探せぬと申すか』 決まってる。そんなの見たことないからだ。

noname

12年前

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「なあ、コバヤシ」 『…なんだ』 興味無さげに細まった目がおれをじとりと見つめる。猫なんだからもう少し猫被るなりなんなりすればいいのに。 「それ、ほんとにあるの?聞いた事しか無いんだけど」 『ある』 即答された返事と共に、ぴんと尻尾がたった。そしてふらふらと左右に揺れる。 『とにかくそれを見つけてくれぬか』 「俺が…?」 『我輩の手助けをするだけでよいのだぞ。それなりの報酬はくれてやる』

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頼みに応じ、俺はコバヤシを連れて山路を歩き回った。 コバヤシが指示した崖の若木をとってやる。 「これが野生のマタタビ…」 『やはり天然物に限る』 夢中でマタタビにじゃれるコバヤシに、俺はすっかりほだされた。 しばらくして俺の家に再びコバヤシが現れた。産まれたての仔猫を口に咥えて。 「これが報酬か…?」 俺は里親を引き受け、小コバヤシを力一杯愛でながら暮らしている。 そのうち喋り出すのを楽しみに。

12年前

- 完 -