世界は今日も残酷なのでした

首吊り自殺が目の前で行われている現実に、俺は極めて冷静な状態でいた。 「あ……ぐ、あ……」 高校の、教室のど真ん中のよく目立つ所で、よくまぁそんな恥さらしを行おうと思ったな。 「馬鹿じゃねぇの?お前」 腹一杯の嘲笑、果てなき卑下、そして、事切れ。 ピクリとも動かなくなったそいつの首に巻かれている紐を切る、ズシリと死体が転がった。 「……やれやれ」 俺はそいつを担いで、教室を出る。

竹原ヒロ

11年前

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この学園に雇われて、早数年。最初は驚いたけど、もう何も感じなくなってしまった。 担任を任されてから、もう13人目だな。自殺する生徒は。 「……ゔ」 「なんだ、生きてたのか」 さっき落ちた時についたのか、額から血が出ていた。 見た感じだと、まぁ問題ないだろう。 「行き先は、保健室に変更だな」 「なんで、助けたんですか」 少し考えたが、大した答えは見つからなかった。 「お前が勝手に助かったんだよ」

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「そんな……っ」 そいつは絶句すると、ぼろぼろ涙を零し始めた。 「おいおい、大丈夫か。どこか痛むのか」 「……僕は本当に駄目な人間だ。死ぬことも満足にできないなんて」 しゃくり上げながら言う。 まあ確かに、成績は悪いし運動は苦手だし、友達もいないヤツではあった。 しかし、ここで延々と泣かれても埒が明かない。 「どうする。なんなら、もう一回やるか?」 「嫌です! だって、すごく苦しかったんですよ⁈」

misato

10年前

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「苦しかったって…その死に方を選んだのはお前だろ」 「でも死ねませんでした。僕はその程度の人間なんですよ…」 あー。かったるい。 こうやって自殺に失敗した奴を何人も見てきた。そして大抵こういうリアクションをする。 もう飽き飽きだ。もっと違う反応できんのか。 「いっそ、屋上から飛び降りてみるか?」 「ダメです!僕、高所恐怖症なんです!」 …やれやれ、そんなヘタレがよく死のうと思ったもんだ。

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「お前はこれから死ぬっていう時に高さなんて気にしてられるのか」 「そこに行きつくまでにギブアップしてしまうんです…」 なんなんだこいつは。 「あのな…無理してまで生きろとは言わないが、死ぬ覚悟が出来ない奴は自殺なんてするな」 こっちの重荷が増えるだけだ。と付け足そうと思ったが、その前に声を被せられた。 「本当は死にたくないです。でも、生きてても辛いだけなんです」 自殺未遂者お決まりのテンプレート。

suGar+

10年前

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「自宅で引きこもって餓死にすりゃいいんだよ、お前みたいな奴は」 「家にいたら親に心配されて」 「当たり前だ。だったら辛くても生きてみろ」 生きてると辛いことなんて誰にでもある。それが本人にとって酷い負荷であるなら無理すんなと思うが。 自殺に失敗した奴は、意外に数年したらすっきりした顔で会いに来やがる。死ななくてよかったってな。でもこいつはこの学校の自殺した生徒の負の感情に取り憑かれているようだ。

10年前

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ヤレヤレという感じで、空いた椅子に腰を下ろす。 「お前はそもそも、何でこの学園に来たんだ。何で入学しようと思った?」 その答えも分かっている。「何となく」だの「親に入れと言われたから」…そんな腐った答えが返って来たのが大半だった。今までに10人。12人のうちの10人。 「………」 「ま。答えたくないなら、無理にとは言わないが、」 「親に、」 来たよ。テンプレが。 「私を超えてみろ、と言われて」

響 次郎

10年前

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初の非テンプレ回答に、俺は目を見張った。 「両親が卒業生で。父は首席卒業、母は部活で全国優勝の経験の持ち主でした。 学園で両親を超えて自信をつけたかった。…でも駄目で。成績も伸びず、部活もレギュラーとれず。満足に死ぬこともできない」 勉学の厳しさに負け、そして己に負けて命を投げ出す生徒は後を絶たない。実は俺も卒業生、気持ちはわかる。 俺は左手首の服を捲り、自殺痕を晒した。 「いいか、よく聞け」

10年前

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「この左手はな、昔魔王と戦った時に付けられた傷あとなんだ」俺は言った 「え!?じゃ、じゃあ、あなたは伝説の!」 「そう、勇者だ」 「うわ!すげぇ!こんなところで会えるなんて!」彼は興奮したように俺に詰め寄ってくる。 「握手してください!あと、サインください!写真一緒にとってください!」 興奮している彼に向かって俺は言った「嘘だよ」 「え?」 「だから嘘だって」 「えぇぇ!?」 世界は今日も残酷だ

雪音さん

10年前

- 完 -