夏で、花火だった。 夜空に咲く花たちは色とりどりで、みんなとても美しい。 綺麗だね、と僕がつぶやくと、いつも君はそうだねと言って笑うんだ。 鮮やかな花火が打ち上がるたび、盗み見る彼女の頬が可愛くて僕は──。 そんな彼女と、今年もまた花火を見ている。 今はもう、冷たい石になってしまったけれど。 「こういう冒頭なんだけど、どうかな?」 僕は批評家で有名な文芸部の沢根に声をかけた。
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「最後の冷たい石って…なんかわかりずらくない?」 ずばっと言われた…。 「いや、でも!お墓ってのはわかるでしょ?」 「うーん、すぐにはわからない…かも」 結構いい冒頭だと思ったのに…。 「今度こそこれはいい!って言わせてやる!!」 僕は悔しくなって、すぐに違うものを書いた。
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静寂の夜が訪れ、庭には鯖缶が投げ捨てられている。 ご馳走を求めて近所の野良猫が集まり、その中には野良猫とは思えないくらい毛づくろいのしっかりした猫も含まれている。 数は三匹。縦縞が二匹に、マダラが一匹。毛づくろいのしっかりした猫は種類からして別物で、この猫の集まりの中で異彩を放っていた。鯖缶に釣られてやってくるほどだから、相当お腹が空いているに違いない。 「これならどうだ?」 「あのさ、」
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「毛づくろいのしっかりした猫ってのは、マダラなのか?」 何を言い出すかと思えば。 「いや、縦縞二匹のうちの一匹だよ!」 「…だからさ、分かりずらくないか?」 沢根は歯に物が詰まった様な言い方をする。 ムムッ!これから猫達が鯖缶を巡る争いの果てに、猫の楽園を築き上げる壮大なストーリーがはじまるところだったのに。 「い、今までのは前フリだから!」内心焦りを隠しきれない。僕は紙にペンを走らせた。
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「ふんっ、ふんっ」 僕はカーテンの隙間からこっそり外を覗き見た。変な声の正体は隣の家のお爺さんらしい。庭でバットを持って素振りをしている。こんな夜中に野球の練習だろうか。 早朝。また外を覗くと、隣の家の前にはパトカーと救急車が。昨夜と何か関係が──けど僕には関係ないことだ。僕はまた深い眠りについた。 「二十点」 感想を聞く前に沢根は冷たく言い放つと、手元にあった小説のページを捲り始めた。
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「だいたいさぁ、北条の原稿ってリアルを感じないだよなぁ。」 「いったいどうしろっていうんだよ?。」 「なんか、共感できない分、物語に入り込みにくいっていうか。 もっといろんな経験した方が、いいんじゃないかな。」 沢根の意見は、北条にも心当たりがあり、実感として感じていた。 「そうだ北条!隣が朝から騒がしいだろ?。」 「あぁ。」 「ちょっといって取材してこいよ!。」 「えぇー!?。」
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「って言われてもなあ。どうしてこいって言うんだよ」 「どいた、どいたーー!!」 「ぐべら!」 隣のクラスをのぞこうとした瞬間、僕のみぞおちにタックルがかまされた。 「痛っ…!」 誰だ、僕に慶○大学ラグビー部並のタックルをかましてきた輩は…。さぞかしガタイの良いやつに違いない。インドア派の僕に少し分けてほしいくらいだ!少し触ってやる!このこの! 「ふに」 ふに? この感触…柔らかい…?
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「ひゃあっっ!」 高くて可愛らしい声。まさか・・ 慌てて顔を上げる。そこには赤い顔をした・・ 「いつまで触ってんの変態!」 女の子おおおお!?? その瞬間、再びみぞおちに衝撃が走る。どこまでパワフルな女の子なんだよ!! 「痛ったいなもう!!お前、名前は?」 「女子に名前聞くとか引く」 いや普通だろ!! ん?こいつ・・ 「お前、こっち来い!」 ー2日後 ドサっ 沢根の前に原稿を置いた。
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生徒指導ってのは苦労が絶えないんだ。この前、服装違反してる小生意気な女子生徒をこってり絞ってやったんだけど… 朝の職員室、原稿を読み終わった沢根が原稿を机に投げ捨てる。 「リアリティはアホみたいにあるし、確かに紛らわしい表現がないのは結構なことだけどな、北条…」 タバコに火をつけ紫煙を吐き出すと、呆れ顔で加えた。 「お前、こんなのを今度の国語の実力テストの問題にするつもりか!?」
- 完 -