あるところに、不機嫌君という青年がいました。 いつも仏頂面で口が悪く、おまけにめんどくさがり屋でした。 ある日の屋上で、不機嫌君はある女の子と出会いました。 それが、笑顔ちゃんでした。 「あれ、君も空見に来たの?良いよねぇ、私も好きなの、入道雲」 にぱぁ、とあどけない笑顔を浮かべる笑顔ちゃんをみて、不機嫌君は不機嫌になりました。 不機嫌君は笑顔ちゃんが嫌いでした。
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マイペースで警戒心がなくておしゃべりな上にお節介。 そんな笑顔ちゃんは不機嫌君に断りなく、さも当たり前のように隣に腰を下ろします。 「…おい、何で隣くんだよ」 「だってー!あたしも此処がイイかなーって思ったもん」 無断で特等席に踏み入られ、不機嫌君のイライラは募ります。 ですが、笑顔ちゃんはそんなこと露知らず。はしゃいで入道雲のことばかり。 不機嫌君のご機嫌は、斜めに傾くばかりです。
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「夏の空って気持ち良くない? 綺麗な色だし、目に染みるし、何かこう、生きてるーってかんじしない?」 朗らかで明るい口調の笑顔ちゃんには応えず、不機嫌君は横になって広がる空を眺めました。 不機嫌君も本当は夏空が好きですが、笑顔ちゃんに言われてしまうと、何だかさらにイライラが募るのです。 視界を遮るように、笑顔ちゃんが不機嫌君を上から覗き込んできました。 「あれ、もしかして不機嫌なの?」
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「悪かったな。俺は『不機嫌君』なんでな」 遠慮なく聞いてくる笑顔ちゃんに益々イライラを募らせながら言ってやる。 「なんでー?悪くないよ!不機嫌じゃなきゃ不機嫌君じゃないしね!」 笑顔ちゃんはやっぱり笑顔だ。 「私は笑顔ちゃんだから。笑顔しかできないしね」 あれ?なんだ?さっきまでのイライラがおさまってる。 と同時に不機嫌君は自分の身体が薄く透明になりかけていることに気がついた。
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は?なんだこれ…体が透けてきてる…? 不機嫌君は寝転んだまま、夏の空を仰ぎ見てました。自分の透けた手のひらから、青い空を流れる大きな入道雲が見えます。 「不機嫌君?どうしたの…?」 不機嫌君が笑顔ちゃんの方を見ると、不機嫌君の異変に気がついた笑顔ちゃんの顔から、みるみる笑顔がなくなっていきました。 「やだ…不機嫌君…なんで…?」 すると今度は、笑顔ちゃんの体がみるみる透け始めました。
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自分は不機嫌でなくなると、笑顔ちゃんは笑顔でなくなると、それぞれ消えてしまうということでしょうか。 (冗談じゃない!)と不機嫌くんは思いました。 「おい、笑え!」 「無理…」 「無理ってお前…」 「不機嫌くんが消えちゃうよ…どうしよう…」 (お前もヤバいんだよ!) 不機嫌くんは無性にイライラしてきました。 「いいから笑え!ぶん殴るぞ!」 そう叫んだ途端、不機嫌くんの身体は元に戻ったのです。
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「不機嫌君もとに戻った!よかった〜!」 安心する笑顔ちゃん。その笑顔はもう透けてはいません。 ちょっとだけホッとした不機嫌君でしたが、相変わらずの仏頂面でした。また消えるとばかばかしいと思ったので、口をついたのは笑顔ちゃんへの文句でした。 「おい、なにが『笑顔しかできない』だよ。いま お前消えかけてたぞ…って、泣くなよ?また消えたら今度こそ助けないからな!」 慌ててフォローする不機嫌君。
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不機嫌君が可愛いと、笑顔ちゃんはますますうれしさを募らせて笑顔になっていきます。そんな笑顔ちゃんを見て、不機嫌君はますます不機嫌になっていきます。 二人が笑顔と不機嫌を露わにするほど、二人の輪郭は濃くなっていきました。まるで、真っ青な空に腰を構える、大きくて白い入道雲のように、二人の色は映えて見えるのでした。 まもなく学校のチャイムが鳴り響きます。 休み時間は終わりです。
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「なぁもう少しここにいないか?」と不機嫌君はぶっきらぼうに言いました。「うん!そうしよー!」笑顔ちゃんは明るく答えます。その明るさに不機嫌君はますます不機嫌になります。少し嬉しかったのだけれど。 いつもにこにこ笑顔ちゃん。いつもいらいら不機嫌君。ふたりは互いにとってなくてはならない存在です。この時のふたりは気付いていたのかな? 授業をサボるふたりの上を白い入道雲がゆっくり過ぎて行きました。
- 完 -