吾輩の勝手

吾輩は猫である。名前はまだ無い。何故名前が無いのか? それは、さっきからそこで大口開けて寝ている阿呆づらの人間(♂)が 「どうせ里親が見つかるまでなんだし、名前なんて付けちゃったら情が湧いちゃって手離せなくなっちゃうよ?」 などと言って、命名を放棄したからなのだった。 まあ、おかげで人間(♀)による、尻の穴のむず痒くなる様な恥ずかしい名前を付けられるという事態を避ける事が出来たのだが。

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なんだったか、キラキラネーム? 呼びかけるのにも困難な名前を付けるのだとか。前の飼い主の家で見たニュースが言っていた。 まったく人間のすることは分からない。 あらためて人間(♀)をちらりと見れば、締まりのない笑顔をこちらに向けてきた。 こいつも大概わからない。 どうせまた捨てられる。里親なんか探したって無駄、お前もまた捨てるんだろ。 にゃあ どんなに頑張っても、これしか言えないのだ。

賀茂川

12年前

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締まりのない口して俺の頭を撫でる おい…触ってんじゃねーよ 「シャーッ」 威嚇して引っ掻いてやった。 締まりのない口してる人間は自分の手をさすり困ったような顔をして笑った …だから人間は嫌いだ。 困った顔をしながら平気で俺を捨てる 「俺よりいい飼い主がいるから」 とか言いながら。 お前は俺にまた手を伸ばした。だからまた引っ掻いた。 だけどお前は俺を膝に乗せて 優しく抱きしめた。

yua

12年前

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今までに感じた事のない暖かさだった。 人間独自の匂いが鼻につく。 だけれど、嫌な気はしない。 いやいや、と首を振る。何故人間に心を許しているのかとはっと我に帰り引っ掻くために手を振り上げた。

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爪研ぎよし。毛繕いよし。出掛ける準備は万全だ。 なんと、里親が見つかったらしい。 人間(♀)は口を固く結び、目には涙を浮かべている。そんな顔をする必要なんてないのに馬鹿なやつだ。 あまりにもみっともないので にゃあ と鳴いてすり寄ってやるといつものように口元がふにゃりとゆるんだ。 そうだそれでいいんだ。 見捨てられるのなんていつものこと。悲しくなんかないのだから。

菓子野

11年前

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そうして、吾輩は以前の産まれたばかりの頃を思い出すような泥水にいま体を塗れされこの薄汚い姿へと成り果てているのだ。 雨に濡れ道を行く者はみな吾輩をその眼下にいれておきながら心の片隅にも気にかけず、だまあって通り過ぎるのだ。 こんな吾輩と同じ境遇にある奴がいた。マダラを泥に汚れさせた歳とった猫だ。腹が蠢いているところを見て母であると知った。 こんな場所で産むことはないと思ったが母猫は動かなかった。

ちゃっく

11年前

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身を潜めるには心許ない草木の下で、母猫は子を産んだ。吾輩はどこか遠くの花火を眺めるようにそれを見ていた。 しばらくして雨も止むと、母猫は我が子を置いてぐんぐん離れて行く。それはまるで、身重じゃなくなりせいせいしたといった風情だった。吾輩は母猫に嫌悪感を、残された赤子達に同情を覚えた。 育児放棄──所謂ネグレクトというやつだ。吾輩も産まれて間もなく同じように捨てられた。 故に人間の家に居たのだ。

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みんな勝手だ。 自分のことに夢中で、周りを気にしない。自分の勝手な振る舞いで周りが被害を被っているというのに。 吾輩はそっとその場を立ち去った。思えば吾輩も勝手なのかもしれない。勝手に嫌悪感を覚え、勝手に同情し、勝手に見捨てる……。 やめよう、こんなことを考えるのは野暮だ。 吾輩は道を辿って行く。その道がどこに繋がっているかも知らずに。

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にゃあ 吾輩は歩き続け、気がつくと、ふにゃりと笑う人間の家があった。一声鳴くと、人間は駆け寄ってきて吾輩の汚い身体を抱きしめた。 ……馬鹿な人間だ。汚れてしまうじゃあないか。 涙まで流すなら、もう里親など探すんじゃあない。流れる涙をそっと舐める。 ああ、それよりもこちらについてきておくれ。 あそこに昔の吾輩がいるんだ。 だからどうか この勝手を許してほしい。 にゃあ にゃあ

haco

9年前

- 完 -