迷いの森の伝書鳩

エリケという少年が、小さな煉瓦の塔の隣の小さな小屋で暮らしていた。 彼はは毎朝陽が昇る前に目を覚まし、パンのかけらが詰まった布袋と牛乳瓶を手に煉瓦の塔を訪れる。 塔の壁の止まり木に所狭しと並んでいるのは、彼の自慢の鳩たちである。 伝書鳩の管理がエリケの仕事だった。鳩が運んできた手紙の宛名を見て、その地区を担当する鳩に手紙を持たせるのだ。彼が子供のように可愛がって育てる鳩たちは皆賢く、大人しい。

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そんな鳩に異変が起きたのは、とある日の夕方の事。 いつもの様に手紙を持たせた鳩達は、仕事を終え、続々とエリケの元に帰って来た。 ところが、一羽の鳩だけが翌日の朝になっても帰って来ないのだ。 その鳩は、元々担当区が遠い為、夜遅くに帰って来る事はしばしばあった。 だが、朝になっても帰って来ない事は今迄一度も無かった。 心配になったエリケは、使いの鳩を飛ばし、その鳩の配達先に問い合わせてみた。

hyper

9年前

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その日、エリケは夜が更けても小屋に帰らず、問い合わせの返事を待った。しかし翌朝になっても使いの鳩は戻らない。 二羽も帰って来なくなるというのは、エリケにとって大変な事件だった。何が起きたのか確かめに行きたくても、鳩たちを置いて煉瓦の塔を離れることはできない。 困ったエリケは、仕事を終えてから、近くに住むエルボの家を訪ねた。エルボは伝書鳩の先代の管理者で、かつてエリケに仕事を教えてくれた人物だ。

hayasuite

9年前

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「確かに、おかしかったな」 エリケの話を聞くと、エルボは地図を広げてじっくりと見た。 未曾有の事態に不安だったが、伝書鳩のことだけでなく、「賢者」と呼ばれて人々に尊敬されるエルボだったら、何らかの「答え」をもらえるとエリケは信じていた。 するとエルボは、地図の上の一点を指した。 「ほら、ここみよう」 行方不明の二匹の鳩の担当エリアの隣は、まさか噂の”あれ”だ。 「迷いの森⋯だと?」

Kaki

9年前

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エリケが感情にならないものを声に滲ませる。 地図の上では『西の森』としか書かれていない一帯が、忌み嫌われるように『迷いの森』と呼ばれ始めたのは、つい最近のことだ。 「あの森に箒星が落ちたのは、つい一ヶ月前。何か影響があるのは確かじゃろうな」 その言葉にハッとしたエリケは思い当たる節を探るように今日の新聞を引っ掴む。 ─星読みのシャムア行方不明─ 「あの日、鳩はこの人に手紙を届ける筈だったんだ」

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星読みたちは普段天文塔で暮らしている。星の軌道を観測することで世の理を調べるのだ。 鳩が行方不明になったのは、シャムアの失踪事件と何らかの繋がりがあるのではないか。 鳩のエリアから考えると、きっと、シャムアは落ちた箒星を確認するために迷いの森に入っていた。そこで何らかの出来事に巻き込まれた。 「捜索隊に頼み、迷いの森へ行ってもらうのがいいだろう」 エリケとエルボは捜索依頼の為に伝書鳩を飛ばした。

aoto

9年前

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しかし、捜索隊からの返答は「不可能」のみであった。これには、エルボも失言した。 こうなれば、もう、自分達でやるしかない。 そう、決めたらエリケは早かった。鳩達に餌を存分に与え、すぐに支度にかかった。エルボも、早々と支度をした。 次の日の早朝、西の森、もとい、迷いの森にありったけの勇気をつかって向かっていった。

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待ち合わせの場所にやってきたエルボの姿を見て「さすが!」とエリケは感心した。 彼が馬車に乗っていたからだ。 「捜索隊から借りてきたんだ。人を出せないなら馬車と道具一式を貸すぐらいはしてくれよって頼んだんだ」 さらっと、そう言ってのけたが、エリケにはそう簡単な話ではない気がした。 「さぁ〜、乗りな!」 と言われたので、荷物を後部に放り込んでから、馬を操るエルボの横の席に座った。 馬車は森まで駆けた。

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まっすぐ星の落下地点を目指す。 途中で道が狭くなり、馬車を降りて暫く、視界が大きく開けた。 「湖?」 「地図の上では森の只中だぞ」 辺りを見回すと、見つけた。エリケの鳩が二羽、水辺で身を寄せ合っている。 「届け先が不在なら、塔に帰れと教えたのに」 「いや。シャムアはあそこだ」 見れば、水底を人が歩いている。それも一人じゃない、大勢だ。 「馬車には潜水具も積んであるが」 「伝書鴨を飼うべきかな?」

- 完 -