走馬灯

人々が行き交う交差点で、暴力団組員が派閥抗争の末、銃撃戦を繰り広げている。 たまたまその場に居合わせただけの僕にはこれが夢か現実か分からなかった。 だって、こんな風に銃撃戦を目の当たりにするだなんて、映画やドラマの中だけのフィクション、作り話だと思っていたからだ。 だが、鼓膜の破れてしまいそうな程のパーンと鳴り響く銃声に、飛び交う怒声罵声。 辺りに漂う火薬の匂い。 まさしくリアルだった。

anpontan

10年前

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あたりに目配せをして咄嗟に逃げ道を確認する。――しかし、四方八方を暴力団員が取り囲んでおり、どこにも僕の行き場はない。ましてこの銃弾の嵐の中、下手に動けば、誤って僕が被弾してしまいそうだ。 どうしよう。 頭の中を様々な思考が巡る。考える間も無く、すぐ目の前で主婦らしき人影が銃弾に倒れた。脚がガクガクと震える。 消えた笑い声と楽しげなショッピングモールの空気の代わりに、悲鳴と地飛沫が充満する。

kam

10年前

- 2 -

僕が動けない間にもバッタバッタと周りの人間が倒れ、視界あちこちに赤い色が広がっていく。 必死に思考するも、この非常事態に脳は正常に働いてはくれない。 生憎と僕は運動神経が良い方では無いし、それをカバーするほどの立ち向かう精神を持っているわけでも無い。 ここは打たれたふりをして、倒れている人々に混じって様子を窺おうか…と考えた瞬間、左肩に激しく燃えるような激痛が走った。

kono

10年前

- 3 -

死の直前、人生が走馬灯のように廻るとはよく聞くけど、どうやらそれはガセのようだ。 じわじわと血液を失いながら、痛みで返って静まりかえった頭は、冴え冴えと働いていた。 撃つ男。隠れる男。 彼らの目に僕は映っていない。 泣く人。逃げる人。 彼らの目にも僕は映っていない。 結局僕は、死にかけてる最中でさえ脇役なのだ。 走馬灯が廻らないのではない。本当は、廻るほどの人生なんて、なかったんじゃないか?

sakurakumo

10年前

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一カ所被弾してしまうと、もうどうでもよくなってしまった。 少なからず、生きられる確率があるなら、行動しよう。ここにいても死ぬだけだ。 肩の傷口は貫通していた。片手で塞いだところで出血は止まるまい。両手使えたほうがいいに決まっている。 少し先で小さい子供が困ったように泣き崩れている。テレビでもまだ刺激が強すぎて見れないくらい幼い子だ。 その子を救ってから死んでも悪くはない。 僕は走った。

Dangerous

10年前

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嵐のような銃弾の中を突っ走り、子供へ近づいていく。あと数十メートルまで迫った時、右足にも激痛が走った。あまりの痛さに僕は転んでしまい、うめき声を上げた。 暴力団員達は、そんな僕を見ても気にもしなかった。死んだと思ったのだろう。 だが、僕はまだ生きている。激痛を我慢するかのように歯を強く噛み締め、子供の方に目を向けると、縋るような目で僕を見ていた。 這いずりながら、少しずつ子供へ近づいていく。

まひる。

10年前

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子供は血まみれの僕を怖がってはいない。 だが、あの子のそばへ行ったところで一緒に逃げることはもう難しそうだ。 芋虫よりも遅いんじゃないかと思うくらいの時間をかけて、子供の足元までたどり着く。 ……銃声の間隔が開いて来たような気がする。 「僕のカゲに、隠れていて。大丈夫、だから、ね」 子供は僕の腕の中に収まった。これなら流れ玉が来てもこの子には当たらない。

すくな

10年前

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その時声が聞こえた──ような気がした。怒号のような銃声さえも遠ざかり、そして意識の闇に消えていく。 僕は何かを確かめるように、しっかりと少年を抱き締めた。この子が生きていてくれれば、僕はどうなっても構わない。そう思ってさえいた。 しかし違和感が襲う。 走馬灯。 なんだ、流れるならばさっきで良かったじゃないか。何故今更? そう考えていた僕の心が、少年を抱きしめた体が、過去に向かって進み始めた。

VER

9年前

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抱き締めていたはずが、僕の背中はいつかもっと大きな温もりに包み込まれていた。 『お前は父さんみたいになるな。人の為に…生きろ』 幼すぎて忘れていたリアルな言葉と温もりだ。 親父はヤクザで、その日たまたま一緒にいた一人息子を突然の抗争から護り、死んだ。 そう、僕を護る為に。 散々悪い事をして来た親父は最後に、人の為に生きろと僕に託した。 「生きろ!」 背中の親父の声が、闇へ沈む僕を光へと押し戻した

真月乃

9年前

- 完 -