「採用試験はグループディスカッションです。順番に8人ずつお入り下さい」 人事の男に促され、僕を含む8人は隣の部屋へと移動した。 「私は退室します。学生さんだけで自由に議論してください。録音もしません」 こう言うと男は部屋を出た。残された僕たちは、お互いに顔を見合わせるしかなかった。 その時、僕はある事に気づいた。8人で入ってきたはずなのにここには9人いる!つまりこのうち1人は社内の人間だ!
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「‥えと、では始めましょうか」 学生のひとりが沈黙をやぶった。髪をこざっぱりと整えた優等生タイプだ。リクルートスーツをかちっと着こなしている。 彼は社員じゃないだろう。社員ならわざわざ仕切るようなことはしない。学生たちのリーダーシップを評価する機会を失うからだ。 「議題はどうしましょうか」 優等生は全員を見渡し、意見を求めた。
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が、勿論誰も意見を出そうとするものはいない。当たり前と言えば当たり前だ。この九人の中の誰かが社内の人間──たとえ違っても、学生ではない誰かであるのは、話しをしっかりと聞いていた者なら誰だって分かることだ。もし分からないやつがいたら、そいつはただの馬鹿だ。 沈黙が流れる。 発言すべきだと、頭では理解しているが、無意識の危機感からか、思うように言葉を声に出すことが出来ない。
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「あの、いいですか?この状況で何を議論すればよいのか、どなたも悩んでおられると思います。そこで皆さんに共通の話題を提案したいと思います。試験を受けるのは8人、ここにいるのは9人。自ずと一人が試験官だと気づくでしょう?ならばここで誰が試験官なのか、皆さんと議論したいと思うのですがいかがですか?犯人探しではないですが、無難な話題で時間を浪費するよりよほど面白いのではないでしょうか」
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気まずい沈黙を破ったのは、黒髪を首の後ろで一つに束ねた女性だった。 残りの8人は顔を見合わせた。誰ともなく曖昧に頷きあい、議題はすぐ決まった。 「それでは、この中の誰が試験官なのか、端の方から一人ずつ順番に意見を述べていただきましょうか」 9人は扇形に並んで座っている。自然と司会をつとめることになった優等生タイプが、右端を見やった。 その順番だと僕が二番めだ。僕は慌てて8人の顔を見回した。
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僕は、全員が緊張していたように窺えた。 そういう面持ちのなか、 右端の人は、 「まず発言をした人が怪しいと思います。」と、緊張しているように言った。そのあと、右端の人はその理由を滔々と話した。 すると、全員は、司会の優等生タイプの人と、黒髪を首の後ろで束ねた女性を見た。 そういった疑いの空気が充満しているなか、僕の順番が回ってきた。全員の表情は、前より硬く感じられた。
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緊張した僕の脳内に、様々なあ当たりっこない憶測と共にひとつの考えが浮かんだ。 ……そうだ、ただひとつはっきりしたことがあるじゃないか。社員を探す手がかりは9分の1じゃない。僕を除いて8分の1だ。それがわかっているのは僕だけ。 ようし、俄然やる気が出てきたぞ。 もしみんなに僕が社員だと思わせることができたら、他の奴らを全員落とすことができる。
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僕は言葉を選びながら“意見”を話し始めた。 「私には誰が試験官はわかりません。そしてその事は問題ではないと考えます。私達はお互いの発言を元に議論することを求められている。当然へたな発言をすれば議論の主導権を奪われる。つまり全員がいわば試験官だと考えるべきなのです」 ここで僕は間をおき、全員の意識を次の発言に集めた。 「そのうえで、弊‥失礼、この会社の‥」 全員の目がキラリと光った気がした。
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よし、と拳に力を込めつつ、悟られないよう何事もなかったかのような顔をする。同時に、ばっと驚いた顔を向けてきた男に気づく。やはり、というべきか予想外に、というべきか、1番はじめに口を開いた優等生だった。間違いないと確信し、「社員の方は」と口したところで、ドアが開いた。 え、と言うよりも先に「お疲れ様です、面接は終了です」と言われる。 どういうことですか?とかろうじて口にすると、全員が立ち上がった。
- 完 -