屠殺士の仕事はそれなりに儲かる。 生きている牛さんやブタさんをブチ殺して、美味しいお肉に加工するのが俺達の仕事だった。 加工工場の中で俺は牛さんの眉間に引鉄をひく。鼻の輪に紐でつながれて、一列になって殺されるのを待つ牛さん。その怯えたような顔を見ても、もう特に何も感じない。俺は、仕事を全うするだけだ。 ただ、今日ばかりは少し状況が異なる。 俺が今日命じられた仕事は 人間の、屠殺だった。
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俺はいつも動物ならすぐにやれるが、人間なんて…そんなことできない! 俺は自分に訴えた。 そうして3日後、本当に人間が連れて来られた。しかも2人だ。 俺はこの仕事はやれないと依頼主に言ったが拒否権はない!報酬は高くつく!などと言われ仕方なく頷いてしまった。 連れて来られたのは男が2人…男は怯えて泣きながら命乞いをする。 くっ…! やっぱりできない…すると依頼主がこの男は犯罪者だと言った。お…俺は…
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……俺はひとまず、深呼吸をした。そして、男たちが犯したという罪が何なのか、依頼主に聞いてみることにした。 拒否権はないと言われたら、やるしかない。 しかしさすがに、人間を家畜のように処理できる自信は全くない。この二人がしでかしたことを知れば、少しは躊躇いや罪悪感が消えるかもしれないと考えたのだった。 「この人たち、何したんですか?」 「こいつら……俺の、俺の大事なウサギを食いやがったんだ!」
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もともと、法で裁けないから連れて来られたんだろうとは思っていた。思っていたが。 窃盗?動物虐待?何にしろ、それでは大した罪にはならないか。 たかがウサギごときで、とは思わない。こんな仕事をしてきた俺だ。割り切っているとはいえ、普通の人間よりは「命」というもについて深く考えてきたし、理解もあるつもりだ。 とはいえ、依頼主の主張はいくらなんでも滅茶苦茶だ。 2人の男にも、話を聞いてみよう。
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「話しがしたい?ダメだ!屠殺時の注意事項を言ってみろ」 依頼主の言いたい事は分かっていた。屠殺対象品は肉の素材。名前を付けたり、触れてしまうと生き物としての愛情が芽生えてしまう。命を奪うと意識してしまった時、それは迷いとなって屠殺の瞬間に躊躇いなる。躊躇いは瞬殺させる事が出来ずに肉の質を落すのだ。 だが…だが、屠殺場の彼らは、品じゃない!人間だ! 「どんな罪をしても彼らは人間です」俺は机を叩いた。
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「よし分かった、それじゃあこうしよう。君が今まで屠殺してきたのは人間だ」 「はい?」 「ということは君は今まで数えきれないほどの人間を屠殺してきたわけだ。彼等に手をかけているとき君は何を考えていた?丁寧に仕事をすること?彼女のこと?その日の晩飯のこと?結構、結構、それでいいんだ。それでこそ模範的な屠殺士だよ。肉の生い立ちや経歴なんてどうでもいいことだからね」 「何を言って……」
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分けがわからなかった。 この人は何を言ってるんだ? 「どういう意味です。」 「分からんか?分からないのはお前の価値観の方だ」
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「人間も一種の動物だ。牛やブタと何が違う?お前は何で動物を測っている?牛やブタだって野生にいれば品ではないのだ。 こいつらは俺のウサギを殺した罪人だ。無実の牛やブタを殺ることより容易いではないか。」と、依頼主は男達を睨みながら私に迫った。 私は葛藤した。 男達を殺せば警察沙汰だ。牛やブタを殺るのとは訳が違う。 私は葛藤の末、ある大きな決断を下した。 そして、私は持っていた刃物を握り直した。
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「やりましょう」 手がぶるぶると、震える。 目の前で怯える男達を、見据える。俺の目から涙が溢れ、止まらない。 「ですが、一つだけ」 俺は目を離さぬまま、依頼主に告げた。 「もしもこの『屠殺対象品』の生みの親が、俺に『罪人』の屠殺を依頼したなら」 牛さん、ブタさん。…人間は罪な動物だよな。でもこうしないと、生きられないんだ。 「俺は必ず、依頼を受けますよ。命にかけても」 俺は、刃物を振り上げた。
- 完 -