夢の中の夢

暗い部屋だった。カーテンは閉め切られ、隙間から僅かな光が入ってはいたが遮光カーテンのお陰で部屋の闇は充分に保たれていた。 光の具合では時間を判断出来なかったが、微かに聞こえる鳥の声でまだ朝と言える時間なのだと感じられた。 悠介は薄く開けた眼を部屋の隅の机のある方へ向けた。そこにはいつも動作しているパソコンのモニターがあるはずだった。

mikeneko

13年前

- 1 -

いつもパソコンが置いてあるはずの机の上には珍妙な人形がちょこんと座っていた。 よく見ると、泣き顔のピエロのようでもあるし、怒り顔の狂人のようでもある。 朝の時間帯というのがかえって不気味だ。 いや、何より俺のパソコンはどこへ消えたんだ?! …食べた。 ん? 何か聞こえたような… 背中が嫌な汗で濡れる。 まさかね、あり得ない。 人形が喋るなんて… なあ、お前も食っていいか?

B.I.L

13年前

- 2 -

いや、冗談じゃない。人形なんだ。俺は夢から覚めてないんだ。そうに決まってる! 俺は、恐ろしさで急激に頭が冴えてしまっているのにも関わらず、頭を叩いたり、頬をつねったりと、定番すぎる方法で目を覚まそうとしていると、 ケタケタケタケタケタ‼‼ 誰かが、笑いやがった。断じていうが、人形なんかじゃない。口も動かないやつがどうして笑える⁉ クク、なにしてんだよ… 答えちゃダメだ、答えたら おい。

harapeko64

13年前

- 3 -

なにしてんだよ、と言われても。 必死に夢から覚めようともがいているところだ。しかし頭を叩けど、頬をつねれど、哀しいことに確かな痛みを感じる。 馬鹿なことをしている場合じゃない。この光景が万が一、本当の現実世界ならば、俺はどうなる? 目の前に座っている、不気味なピエロか狂人かとにかくそんな類の人形に食べられるのか? 冗談じゃない。 俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。 自殺志願者じゃあるまいし。

12年前

- 4 -

ナァ、外に出ようぜ。じめってんぜ、お前。 また、聞こえた。その声音は俺を試しているようだった。お先真っ暗だもんなと侮蔑されているような気分だった。 ダンマリか、しゃらくせぇって... 俺は首筋を刷毛でなぞられた感覚に襲われた。草木がしょげ、枯れさせてしまいそうな寂寥感が、闇をいっそう深めた。 カウントダウンだ。いくぜ。 ! な、なにをするつもりだ。 9、8、7、6...

- 5 -

「かーらーすーなぜなくのー」… そんなことさえ考えていた。 気づいた時には光さえ感じることのできない空間にいた。 それでも、どうやら耳と鼻は生きているようだ。少し甘い香りがする。 わからない。何が起きているのかが。 わかっているのは、なんとか何処かで呼吸をしていること。喋る人形の存在。 何よりも、あの夜やっとの思いで調べ上げたあの日のこと。

Dr.K2

12年前

- 6 -

パソコンを使い過ぎて外に出られなくなった子の部屋に訪れる人形の話。 そう、それを聞いた当時は子供を怖がらせるために作られた唯の迷信だと思っていた。 だが俺の友人がこの前行方不明になった。やつはパソコンでゲームばかりしてるやつだった。 行方不明になる前日。俺のところに来たやつは人形が、人形が、とそればかり言っていた。 俺は気になって噂のことを調べた。そして、徹夜の努力の末、辿り着いた真実。

ハイリ

11年前

- 7 -

ぶうん。 聞き慣れた、パソコンの立ち上がる音が聞こえた。それでも世界は真っ暗で、何にも見えやしない。ただ、なんとなく、周りに人の気配を感じていた。大勢の人の気配だった。 「やーあ、ようこそみんなっ!」 ピエロの声とともに、何かが頭上からばらばらと落ちてきた。小さな固形物。手元に落ちたそれを掴む。先程も感じた甘い香り。これは、チョコレート? 「かわいそうな子供たち、ようこそ閉じられた箱のなかへ!」

sir-spring

11年前

- 8 -

俺は何気なくそのチョコレートを口にした。 甘さの中にほんのり苦く切ない香りがした。 こんな美味いチョコレート生まれて初めて食べた。 そしてそんな美味いチョコレートを作りたいと思った。 「お前、ようやく夢を見つけたな。」 あいつが俺に微笑んでいる! 「もう行っていいぞ!」 と言われ俺は自分のベッドで目を覚ました。 不思議な夢だった。 でもあの夢が無かったら俺は今パティシエをしていないだろう。

- 完 -