昔々、森の奥深くに1人の魔女が住んでいた。彼女はかの有名な「白雪姫」に出てくる魔女。 魔女は1人きりで深いため息をついた。 「はぁ〜」 彼女の胸の内を聞いてくれる者は誰もいない。 この広い森には彼女しか住んでいないからだ 。 魔女は考えていた。 (もう毒リンゴを作るのを辞めたい)と。 彼女がそんなことを考えるようになったのは1年ほど前からだ。
- 1 -
かつて白雪姫が食した毒林檎。それは魔女の憎しみから作られたものだった。残念ながら王子のせいで上手くいかず、手痛い仕返しを受けた苦い過去。 しかし近年、何故か毒林檎を求めて魔女を訪れる者が急増。 曰く、 「魔女の毒林檎を食べれば運命の相手と会える」 という白雪姫の話から生まれた都市伝説が巷で流行り始めた。 それにより毒林檎を求め、人々が魔女の家に押しかけまくった。 魔女はそのニーズに応えていた。
- 2 -
実際に、魔女の作った毒林檎のおかげで出逢い見事ゴールインしたカップルは多い。 しかし、毒林檎を食べてそのまま死んでしまったケースが多々あるのも事実。 頼まれて作っただけなのに……。 最近、被害者の遺族たちが抗議団体を立ち上げた噂もある。 むろん、インターネットではとっくの昔から叩かれている。 最初の1回だけは悪意からだったが、それから後は善意で作っていたにもかかわらず魔女は悪者扱いされている。
- 3 -
「良かれと思って作った毒林檎がこんな風になるなんて・・・。そもそも自分以外のために作ったのがいけなかったんだわ」 いくら魔女とはいえ、出来ることなら皆に好かれたいのだ 「こうなったら、魔女の面目躍如よ!魔法を使って一人でも多くの人を幸せにするわ」 こうして魔女の人助けの旅が始まった 壊れたおもちゃ、枯れた植物、破裂した水道菅・・・ 眼に入った壊れた物を魔女は片っ端から魔法で直していった
- 4 -
次第に人々の魔女に対するイメージは変わっていった。家の前を魔女が通りかかるとみな魔女に挨拶するようになった。ある家では魔女を昼食や夕食に招いた。以前として魔女を嫌う者たちもいた。だが魔女はそういう人たちにも誠意をもって接し、謝るべきところでは心から謝罪した。 魔女は知る由もなかったが、すでに魔女に好意を持つ人のほうが魔女を嫌う人たちの数を上回っていた。
- 5 -
そんな魔女のもとに、ある日一通の封書が届いた。差出人は魔女協会。年に一回届けられる会費の振込用紙だけにしては分厚い。魔女は怪訝に思いながら封筒をあける。 一枚を見て、彼女は目を疑った。 魔女協会追放の最後通牒だった。協会を追い出されれば金輪際魔女として活動することができなくなる。 最近の活動が、魔女のイメージを著しく損なうものとして上層部が問題視したらしい。 魔女の本分を思い出すべきか、それとも
- 6 -
魔女は鏡を取り出した。母親から貰った「真実の鏡」である。 「鏡よ鏡。この世で1番美しいのは誰?」 魔女は落ち着いた様子で尋ねた。 「それは、白雪姫です。」 予想通りの返事。続けて魔女は尋ねた。 「鏡よ、お前は何者なのだ?」 長年の疑問であった。何故今までこの質問をしてこなかったのか、不思議である。 「それはあなた様です。」 「そうか…」 魔女は少し驚いた後、妙に納得した様子で、鏡を叩き割った。
- 7 -
魔女は割れた鏡の破片を更に踏んで粉々にした。やり場のない理不尽さだけが残る。 破片に映る涙に汚れた顔。 どうしてだろう…人に好かれたいと思うのはいけないことなのだろうか。 自分が今までしてきたことは、それは良いことか悪いことか…どちらでも構わない‼ 自分が魔女である誇りを忘れたことはない。 しかし、魔女には人に好かれたい理由ができた。それは愛おしく脆い存在…。
- 8 -
自分という存在。自分は人の救いでありたい。芽生えた思いを消すことはできなかった。 魔女は協会から追い出された。 そうして…… 残された魔力を不幸な人のために使っていたある日、彼女は灰かぶり姫と呼ばれる娘に出会う。美しく健気ゆえに報われない娘。かつて毒りんごに倒れた継子と重なる。 これで娘が幸せになれるのか分からない。けれどこの娘に一夜の夢を。 どうかささやかな幸せを、そう願いステッキを振った。
- 完 -