マンションのドアの前、男は鍵を持ったまま震えていた。
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無論、寒いからというわけではない。
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今朝、鍵を掛けて仕事に向ったはずが夜帰ってきた今は施錠されていなかった。 俺は気楽な独り者だし、かなりの心配性で戸締りをした後にキチンと施錠されたか必らず確認するようにしている。
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しかもそれだけじゃない。 ドアノブは近くの電灯によっててらされ、 そこには赤黒く鈍い光を放っているものがあった。そう。血だ。そこで再びぞっとするような寒気に襲われた。ごくりとツバを飲み込む音が嫌に響いた。俺は出来るだけ手が汚れないように、ドアノブをそっとまわした。
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真っ暗な部屋の中は、気味が悪いくらいしんと静まりかえっていた。 おそるおそる、玄関に足を踏み入れる。 誰かが潜んでいる気配はない。 電気をつけないまま、身構えながらそろりそろりと廊下を進む。ダイニングにつながるドアにそっと手をかけたとき、慣れない感触に思わずぎくりと手をひっこめた。 そこにも、べっとりと血がこびりついていた。
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ひと呼吸おいてから、その感触に慄きながらゆっくりドアを開け、静かに部屋に入る。 血の匂いでもするかと思ったが意外にもそんな事はない。 いつも通りの部屋の真ん中。ダイニングテーブルの向こう。それはそこにいた。月光がちょうど逆光に差し、シルエットしか見えない。 暗闇の中、ゆっくりと振り向くとそれは口を開いた。 おや、血塗れでどうしたんだ? はっとして見ると、男は自分が血にまみれている事に気づいた。
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目の前には中年の男性の死体が 転がっていた。 もしここで新聞配達員や 近所のおばさんが来たとしたら 僕は犯人扱いされるだろう…。 証拠不十分で不起訴になろうとも 近所で噂になって…退去せざるを得ない… そんな事を暫く考えていた。 するとインターフォンが鳴った。 ピンポーン
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出ない方がいいだろうと、居留守をつかった ガチャ ドアノブをひねる音が聞こえた なんでだ…なんで開いてるんだ? ギシっギシ…っ 廊下を…渡る…音も… 男は、冷や汗をかいて…廊下を見た… 「ふふふっふふっ…っ、あんただろ…殺したのは…っあははははっ…血がべっとりついて…ふふふっ…言い分無いよね…残念だったね、さようなら」
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その姿は俺。自分。完全に俺と同じ姿のやつが俺の目の前で俺に意味不明なことを叫んでいる。 あーなるほどそういうことか。 いつかはこういうこともあるかもしれないと思っていたけどまさか自分の部屋でことを起こすなんて何を考えているんだ… 俺は目の前の残虐な光景を無理矢理納得させた。 そうか。これもやりたいやつにやってもらおう。 「誰かこれ処理したいやついるー?」
- 完 -