夏の制服

夏の制服は特別だ。 特にスカートは程よい密度で光が透ける。何パーセントかリネンが入っているのだという。透けるスカート越しに覗く自転車の銀色の煌めきを感じながら、首筋に流れる汗に構いもせずスカーフをなびかせ私は漕いだ。 ──教室に着けば、今日も会える。 締め付けられる程の高揚と同時に、けれど同じ分量だけ焦燥も感じていた。 私は幸せな時間の保護の仕方を知らない。 いつでも追いつけないか追い越す。

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自転車をとめて教室に向かう。リニューアルされて全く違う制服になった後輩たちとすれ違った。水色のストライプがかわいらしい。それを見る度に、私の高校生活はもうすぐ終わるのだ、と寂しさがこみ上げる。 教室に着くと、やっぱり彼はもう来ていた。隣の席になってもう1ヶ月が経つというのに、胸はどくんどくんと早鐘を打つ。 「おはよう」 何でもないような顔で、声をかける。彼はイヤフォンを外して笑顔をくれる。

紬歌

6年前

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「おはよう」 蒸し暑い教室の中。青みがかった彼のシャツだけが涼しげで。せめて汗だけでも拭いておけばよかったと後悔する。 ちらりと彼の顔を見るけれど、鳶色の瞳に引き込まれそうになって、思わず目を逸らす。逸らした先には、彼のiPodがあった。 「いいなあ、iPod。何の曲聞いてんの?」 私が好きなアーティストはね、と続けようとして自分にストップをかける。だめだめ。これじゃまた、私だけ空回り。

6年前

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「いや、まだ曲になってないヤツ」 白状するかしまいかの逡巡を見せた後、コタエを返してくれた。それだけでも拍動ひとつ飛ぶ。 「え? え? 未完成って意味?」 彼が軽音部だと言うことは一年の文化祭で知っていた。二年経ってついに距離がここまで縮まったのだ。物理的に、ではあるけれど。 「ボーカルとギターだけのデモ。ベースどう足すかなぁって思って」 音楽を聴くのは好きだけれど、作曲に関しては何も知らない私。

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「す、すごいね」 ためになるようなアドバイスすら言えず、曖昧に笑って相槌を打つ。 すると彼は「だろ?」と予想に反し満更でもない様子ではにかむと、片方のイヤホンを外し、私に差し出した。 「聴く?」 「えっ?!」 おそるおそる手に取る。彼のシャツの色に似た鮮やかな海の色のイヤホンは、夏の日を受け、輝いていた。 「いいの?」 「まだホームルームまで時間あるし、いいよ。日南の率直な感想が聞きたい」

6年前

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どうしよう、どうしよう...! ドキドキしながら、受けとったイヤホンを耳に入れる。 「...わぁ」 どんなことを言ったらいいんだろうとか2人の距離だとか、そんなものは全部吹っ飛んだ。 ギターだけのシンプルな音の中で響く、彼の声。 「...どう?」 「.....」 「日南...?」 ちょんと肩を突かれても、うまく反応することが出来なかった。 「あ、ごめん...えっと...」

note

5年前

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「…もしかして微妙だった?」 「えっ!いや!そうじゃなくて…」 ちょっと眉を下げて悲しそうな顔をした彼とiPodの間を視線が彷徨う。どうしよう頭が回らない。 「その、なんて言ったらいいのかな…、ありきたりな感想なんだけど、すごいなって」 そう呟くも、一転してキョトンとした表情を浮かべた彼に恥ずかしくなる。 「ご、ごめんね!こんなの役に立たないよね!」 俯いて握りしめた手を睨む。 私の、ばか。

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感想が貰えるだけでも嬉しいよ、と彼は淡く笑った。分け隔てのない優しさに胸がチクリと痛む。 「日南、ピアノ弾けるって言ってたよね?」 「作曲できるほどじゃないよ」 「一日だけ俺らの練習に混ざってみない?」 首を縦に振ってからの時間の進みは早かった。放課後、軽音部の部室に初めて入った。エレクトーンにチューナーを置いて、渡された譜面をなぞる。 窓から覗く落日が眩しい。今この瞬間を切り取りたい。

5年前

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暗くなった坂道を一人、カラカラと自転車で走る。口ずさむ歌は空に零れ出して星より明るくチカチカ光る。 「あ」 別れ道の手前で彼は思い出したように声を上げた。 「あの曲、『リネン』っていうんだ」 透き通る影が揺れる 軽やかに走る坂道を探す 風が運ぶ君の声が 「意味は秘密な」 夏の始まりを告げていた はにかむ彼の声が夜の煌めきを乗せて消えていく。この幸せな時間を今は追いかけていたい。

12unn1

5年前

- 完 -