プロジェクト名「パンと葡萄酒」 コードネーム「赤ずきん」 本日の目標「お婆様への荷物の運搬、及び死守」 尚、今回のプロジェクトでは「狼」の妨害の可能性あり。 「まったく。厄介よね」 赤いフードをかぶった少女と呼ぶには似つかわしくはないが、女性と呼ぶには早すぎる暗いの女の子が銃を忍ばせたバスケットに片手を突っ込みながら溜息をついた。 「中身を見ちゃいけないだなんて、一体何が入っているのかしら」
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何しろ赤ずきんの細腕にはズシリと随分重たく感じられる。何故かしらイヤ〜な雰囲気を放っているこのカントリー調のバスケット。 正直、赤ずきんは森だなんだ、自然と言うものが好きじゃない。虫はいるし、あれこれ引火し易いし… 今もぶんぶん耳元でイラつく羽音。 そう言えばこの届け物、何と無く臭うかも。 お婆様の家、どうしてこんな森の奥にあるのかしらん。気ままな隠居暮しか、不本意な隠遁生活か。
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薄暗い森の中、お婆様の家はまだまだ先だ。 「...ついてきてるのは解ってるのよ?『狼』さん」 少しひらけた花畑に出たとき、不意に赤ずきんは足を止めた。目にも止まらぬ早業でバスケットから銃を抜いて構える。 物陰から現れた『狼』......茶髪の青年は、いかにも女性受けしそうな甘い顔でへらりと笑って両手を上げた。 「さすがは百戦錬磨の赤ずきんだ。でも、ちょっとここで寄り道をしてもらうよ?」
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「寄り道? 帰れる宛があるってことは、時間稼ぎかしら?」 試しに銃口を下ろす。引鉄からは指を外さずに。 「まいったな、本当に百戦錬磨だ。その性壁にゆっくりと惨たらしく殺される役目だったけどそれも叶わないか」 やれやれと男は手を上げる。その手にはナイフが握られ、男は笑顔で自らの肩にその刃を押し込んだ。血が飛沫をあげる。 「あぁ、もう」 私は嗤う。舌舐めずる。 「手っ取り早く愉しませてよね」
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「あなたの傷口はどうして大きいのかしら」 「それはね、あかずきん。お前のS気を呼び覚ますためだよ!」 『狼』の叫びとともに、全身が痙攣した。 "いけない、この衝動は!” 『あかずきん』は銃を乱射させていた。狙いは急所をはずすこと。 『狼』の膝を撃ち抜き、腕を撃ち抜く。耳たぶ、足の指、わき腹、もう一度足の指。 「ふふふ、これでもう、銃弾はなくなったはずだ」 背後に『猟師』が立っていた。
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「…っ!」 背後から感じた声に対応して、赤ずきんは反射的に、その身を翻した。 だが、漁師の持つ小銃の先が、一瞬だけ早く赤ずきんの肩口を捉えていた。 銃声と共に鮮血が舞い、硝煙の臭いが辺りを支配する。 「あなたが、真の『狼』ってことね…!」 赤ずきんは鋭い眼光を漁師に向ける 「ご名答だよ、お嬢ちゃん」 漁師、もとい『狼』は口元を緩ませ、再び銃口を赤ずきんに向けた。 「これで、さよならだ」
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赤ずきんは瞬時に衝撃と痛みを覚悟した。 しかし、彼女の身体に新たな血の華が咲くことはなかった。 確かに銃声は聞こえたのに…。 赤ずきんが顔を上げると、猟師に扮する狼は静かに地に伏していた。 「まったく、貴女もまだまだですわね」 振り向くとそこには、長身で細身の女性が立っていた。 「あなたは…『お母さん』!!」 そう、彼女こそ、赤ずきんをこの任務に送り出した上司、コードネーム『お母さん』だった。
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猟師は足を震わせながら叫んだ 「『お母さん』だと‼」 猟師の様子から赤ずきんは理解した。 猟師は今蛇に睨まれた蛙の様に怯えているのだと。 お母さんはそんな猟師を見ながら言うのだった 「こんな事をして・・・どうなるか分かってるのかしら?」 猟師は分かっていた自分自身がどうなるのかを お母さんの恐ろしさを
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前回の任務同様、狼達の襲撃は失敗した。 いく度かこの“パンと葡萄酒”の任務が行われ、いく度も赤ずきんというコードネームを継承する者たちはパンと葡萄酒を死守してきた。 後にこの作戦がスパイ達の教本となり、重版されるうちに内容も変わりつつあったが、世に出回るようになった。 『赤ずきんちゃん』という可愛い名で。 カゴの中身の謎とお母さんとお婆さんが昔の赤ずきんだったのは別のお話。
- 完 -