女の子は森でお母さんと二人きりで住んでいました。 病気で長い間床に伏せっていたお母さんは、約束を言いました。 「この本を毎日読みなさい」 それは毎日お母さんが読んでくれた本でした。 ある日の朝、お母さんは天使に迎えられ、遠くに行ってしまいました。 お母さんがいなくなって悲しい女の子は、約束の本をどこに置いたのか、わかりません。 だから女の子はどんなお話だったか、思い出してみることにしました。
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それは幾つかの物語が納められ、それぞれの物語は、“小さな大切なこと”を教えてくれました。 最初の物語は… 昔々、命まで奪う泥棒がいました。泥棒はお城の兵士達に追われ、逃げる途中、草むらに身を隠し、そこで、水溜りに溺れる蟻を救いました。 蟻も泥棒の噂を耳にしていましたが「ありがとう」と心から感謝を言いました。 その感謝は泥棒の心の闇を消し、その後、処刑された泥棒の魂を神様はお許しになったのでした。
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女の子は「ありがとう」と言う気持ち、言われる気持ちを思い出して温かくなった心を両手で包みました。 次の物語が浮かんできます。 リスのトトはおいしい木の実をひとりじめしていました。でもいつだって、みんなの方がおいしそうなのです。ある日トトはみんなを訪れ、木の実を交換してみました。やっぱりまずい。でも一緒に食べると、みんなの笑顔を見ると、なぜかおいしいのです。トトはこのおいしさが大好きになりました。
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女の子は独占よりも共有する事の大切さを思い出し顔に笑みを浮かべました。 次の物語が浮かんできます。 いつも最後に諦めるウルがいました。餌は親から譲って貰い、生きて行くのに不自由していませんでした。ある日、餌を取るのが下手なハイが最後まで追いかけて捕まえたネズミを掲げてとても喜んでいました。そのネズミはやせ細りとても美味しそうに見えませんでしたが、ハイの顔が眩しく、とてもカッコ良く見えました。
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女の子は努力がなにより自分の喜びになることを思い出し、自分が最後に努力したのはいつだったかな、と寂しい気分になってきました。 だから次はこんなお話。 話すのが苦手な女の子がいました。いつも一人ぼっちだったので楽しそうに遊んでいる女の子達を羨ましく思っていました。何度も話しかけようとしましたが、心のどこかがつっかえます。ほんの少しの勇気が足りないのです。今日も女の子は一人で自分の心と闘っています。
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女の子は話すことで気持ちを伝えることができる、言葉の大切さを思い出しました。 そういえばこんな話もありました。 木になったりんごが欲しくて自慢の跳力で何回もりんごに飛び跳ねていた兎のヤタ。それを見た猿のラトが「誰にだって特技はあるけど、無理をすれば怪我をしてしまうよ」といってりんごをヤタに渡した。 ヤタはお礼にラトが行きたがっていた木のみのいっぱいある崖の向こうの森で二匹で幸せに暮らしました。
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女の子は自分の力が及ばないところは人に頼ることが大切だと思いました。 そして、自分は一人で生きているわけではないことを感じ、涙を流しました。 そこで涙と共に次の物語が浮かびました。 路地裏で生きてきたクラリスはいつも何かを憎んでいました。ある時、クラリスの瞳に一人の少年の姿が映りました。少年はいつも笑顔でした。そんな少年をクラリスは恨めしいと同時に愛しいと思いました。笑うことしかできない少年を。
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女の子は他人に抱く気持ちについて考えました。その気持ちが、愛しさであっても憎しみであっても同様に尊いものだと気付きました。 そして、最後の物語に想いを馳せます。 あるところに、病気のお母さんを持つ女の子がいました。女の子は必死に看病しましたが、お母さんはついに死んでしまいます。女の子は絶望し、その心は真っ黒に染まりました。それから女の子は… 女の子にはこの物語の続きがどうしても思い出せません。
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当然です。続きはこれから作られるのだから。 それから女の子は…世を恨む気持ちに折合をつけ、森を出ました。そして街で行き交う人に助けを求め、諦めず話しかけ続けました。やがて、森の家をくれれば面倒をみるという夫婦が現れました。女の子はありがとうと言いました。 月日が経ったある日、女の子は無くした本を古書店で見つけて買いました。 そして「この本を毎日読みなさい」と、自分の幼い娘に渡すのでした。
- 完 -