天気雨

雨が好きだ。 予報士が、 「明日は快晴でしょう」と笑顔で言う。 挨拶代わりに僕も、 「いい天気ですね」と自然な面で言う。 雨が好き。それは、いつもと違う 何か が起こりそうな気がするから。 実際… 何かが起きた事なんて一回として無い が、 それでもワクワクしてしまうのは、平凡な毎日が刺激を欲しているのかも知れない。 乾いた地面を哀れむ様に見つめ、 曇った顔で今日もバスを待っている。

1.4

13年前

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ぽつり。 額に雨粒を感じた気がして、僕は空を見上げた。いつのまにか太陽は、両脇におぼろげな雲を従えている。 それでも遠くに見える路線バスは、フロントガラスに日の光を反射させ、まだら模様の空の下を進んでいた。 ぽつり。今度は手の甲だ。 狐の嫁入り、か。あのバスには狐が乗っているのかもしれない。天気雨の俗説を思い出し、そんな子どもじみたことをぼんやりと考えていた。

noppo

13年前

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プシューと油圧ブレーキの音をさせながら、バスが目の前に停まる。 ブーという音とともに、ドアが開いた。 「このバスは山の神社行きですけど…乗りはります?」 そこにはよそ行きの格好をした狐がたんまり乗り込んでいた。 「えっ?」 「ホラ、そこちょっと詰めて!」 「おっきいお人が乗りはりまっせー」 「わてら今日の婚礼に招待されてますねん。急いで行かな、雲が行ってしまう!乗るならはよ乗って!」

nonko

13年前

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「あっ、はい。」 狐に急かされてつい乗ってしまった。 「にいちゃん、狐の嫁入りは始めてでっか?」後ろの席にいた太った狐が話しかけてきた。 「雲がある日に嫁入りする狐はなぁ、人間と結婚するやで。この前の雲の日は前田はんとこにうちの娘が嫁入りしたんやで。」 まさか先月結婚した友達の前田の話か?切れ長な目で鼻のスッとした美人をもらった、あの前田の奥さんが狐?

didi

13年前

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「まあ、あれやな。仲いい夫婦は大抵奥さんが狐、それか旦那さんが狸。これのどっちかやで。人間同志だといがみあっていかん」 人間が狸や狐と結婚する。そんなばかな話があるか。 「馬鹿とはなんや。でもまあ不思議なもんで、ずっと一緒におると、自分が狐やら狸だったってことを忘れてしまうんよ」 そこまで言うと、狐は僕をじいっと見た。 「ひょっとして、にいちゃんとこも親御さん仲いいんとちゃう?」

13年前

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確かに、万年新婚夫婦だ。見ていて、こっちが恥ずかしくなるほど、いちゃいちゃしている。 黙りこくった僕を、狐たちが興味津々と見ている。 「そういえば……母さん油揚げがめちゃくちゃ大好物だよな……」 うぉぉぉぉ! 僕の言葉に、バスの中がどよめいた。

u_sukumo

13年前

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思えば幼い頃、くりかえし天気雨の俗説について語ってくれたのは母だった。僕は寝る前に何度それを催促したことだろう。 太陽が村の家々や田んぼを照らす中、突如パラパラと振り出す雨。そこへしずしずと現れる嫁入り行列。天気雨は日常に非日常が紛れ込むスイッチだ。 今でも雨が振り出すと少しだけワクワクするのは、暖かい母の腕の中で好きなだけ想像力を羽ばたかせることができた、幼い頃の記憶のせいかもしれない。

tati

13年前

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「母さん…」 子供の頃に包まれていたぬくもりが一気に思い出されて、僕は少しだけ涙ぐんだ。 「めでたい席に涙はなしやで。もうすぐ到着や」 雨を追いかけるように明るい空の下を走っていたバスは、丘の上の停留所に静かに停車した。ここから見える町では天気雨もすっかり通り過ぎ、連なる屋根に反射した光が祝福するようにきらめいていた。

tiptap3

13年前

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「ただいま。油揚げ買ってきたよ。なんだかお稲荷さんが食べたくなって。前はよく作ってくれたよね。母さん、久しぶりに作ってよ」 帰宅した僕が言うと、母は嬉しそうにうなずいた。 「あら、虹が出ている。さっきの天気雨のせいね」 母は窓から空を見上げると、眩しさに目を細めた。

coco

13年前

- 完 -