「今回も始まりましたね。“アリス決定戦”」 「やはり注目度No.1は前大会準優勝の①番でしょうかね」 「現アリスはどう思われますか?」 「ええ、彼女とは前回とてもいい勝負ができたので期待していますが、他の選手も負けてはいないでしょう」 20人の少女がいるフィールドの中、19番の私は小刻みに震えていた。 ワンダーランドに相応しいアリスを決める、伝統ある“アリス決定戦”。 に、なんで私が…?
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「アリスがアリスたる所以なんてさしたるものじゃないんだよ」 "私の"時計ウサギがカチカチ懐中時計の蓋を鳴らしていた。 「亀が亀でないことなんてあると思うかい?」 「でも、私はアリスって名前じゃないわ」 「何をいっているんだ。君はアリスだよ。アリスじゃないならアリス決定戦には呼ばれない。ほうら、逆説的にも君はアリスだった。やっぱりだ。僕の思った通りだ。アリスが持っていた名前なんて洋服と同じさ」
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「今の聞いたろ?君こそ真のアリスだよ。ほら!僕が思った通りだ。アリスが持っていた名前なんて洋服と同じさ」 私の隣りの18番アリスの時計ウサギも18番に同じ事を言った。 「そうとも!あいつらの言う様にアリスが持っていた名前なんて洋服と同じさ!君こそアリスだ!」 もう反対側の20番の時計ウサギも担当アリスに言っていた。 時計ウサギ達にとっても、アリスが選ばれる事で自分が真の時計ウサギに選ばれるのだ。
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「全くどいつもこいつも必死ね」 フリルの付いた青いドレスをなびかせて、1人の女の子が横を通りぬけた。 あ、アリスだ。 敵ながら思わずそう思ってしまった。 言ってることは全然アリスのイメージとは似ても似つかないのに。 「無駄な足掻きでやんすね。どうせ今回も貴女様とあの売女の一騎打ちでしょうから」 「ちょっと。アイツと同列に扱わないで。」 胸に付いた①のマークに他のアリス達がざわつき始めた。
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①のマークの付いた彼女は、まさに絵本の中から抜き出て来たアリスそのものだった。「あなた、震えているの?大丈夫?」そう言って、私の顔を覗き込んできた。「だ、だぃ、大丈夫です。」急に話し掛けられて、変に声が上擦ってしまった。 「もしかして、初参加の方?」クスリと笑みを浮かべると、「初参加だと色々大変だと思うから、これ上手に使って。」渡されたのは、“私を飲んで”と書いてある小さな小瓶だった。まさかこれ…
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「あなたも“アリス”なんでしょ? このクスリのことは知ってるはず」 蔑むような目で一瞬私を見て、スカートを翻しながら一番のアリスは行ってしまった。 「よく受け取れたわね、19番のアリスちゃん」 私に声をかけたのは、2番のアリスだった。物語のアリスが大人になればこうなるんだなぁと感じた。 「能力安定剤よ。それも規定量の三倍」 あなたも“アリス”なら気をつけることね、と2番のアリスは去っていった。
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1番、2番のアリスが駆けて行く。彼女たちを追って、他のアリスたちも。 それを、私はただ眺めていた。どれも青いスカートを翻し、金色の髪をなびかせている。それがなぜだがひどく滑稽に思えた。 「さあアリス、僕らも急がなくっちゃ!他のアリスたちに遅れをとってしまうよ」 青と金の彼女たちをじっと見つめる。彼女たちは皆アリス。そして私も…… 「私、アリスなんかじゃないわ」 小瓶が悲鳴をあげて割れた。
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甲高い悲鳴は、国中に響き渡った。 その途端、ぐにゃりと世界が歪み、流れていた時間が止まったように辺り一体が静まり返った。 見ると、走っていたアリス達は足を止め、時計ウサギ達は顔を青くしている。そして次第に話し始める声が反響すると 「なんてことを…」 「この世界が崩れるぞ」 「あのアリスを逃がすな!!」 その中に1つ、澄んだ声がした。 「逃げて!!」 ぽたぽたと零れる小瓶の中身は、残り僅か。
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私は小瓶に口を付けた。他のアリスの「ダメ!」という声が聞こえた気がした。 グチャグチャの味が舌にじわりと伝染する。その瞬間、1番も2番も、すべてのアリスが泡となり、弾けて消えた。世界の歪みはぴたりと止まり、騒がしかった白ウサギ達は唯の兎になった。 どうして飲んでしまったの、私の直感がそうさせた。理由は、嫌でも分かってしまった。 私の白ウサギは言った。 「おめでとう、君がアリスだ」
- 完 -