おひさまの涙

「ぼくのかぞく。ぼくのおとうさんはおつきさまで、おかあさんはおひさまです」 後ろの保護者たちが騒ぎ始めた。 前の先生は少し首をかしげている。 今日は授業参観日。 「じぶんのかぞく」というテーマで作文を発表するらしい。 トップバッターは私たちの子で 夫はクスクスと静かに笑っている。 私はカーッと頬が赤くなっていた。 しかし、周りの空気に囚われずあの子は作文を読んでいた。 子供というのは恐ろしい…

こそあど

12年前

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しかし、もう高校生なのに・・・。 もう少しまともな作文を書いてはくれないのだろうか。 「いつもぼくのことを、あかるくてらしてくれます。」 ああ、恥ずかしい。

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「それにおとうさんはまいにちよるまでしごとをしています。だから、つきだとかえりにあしもとをてらすことができてあんぜんなのです」 息子はそこまで読んで夫の方を振り返り、夫は息子に小さく手を振っていた。 「そしておかあさんはまいにちせんたくものをします。おひさまはせんたくものをからっとかわかしてくれます」 また息子は振り返り、私に笑顔を見せた。私はどんな顔をして見せれば良いのかわからなかった。

Noel

12年前

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快成高校3年生のうちの息子は、小さい頃からこうだった。どこか外れている。旦那はそこがいいと言うけれど、私にしてみたら、恥ずかしい以外の何者でもない。よくいる普通の家族でよかったのだ。とかく頭が冴えて、人より頭が良い息子でなくとも優しい息子ならよかったのだ。なのに………。

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「お前は久志が優しい子じゃないと思うのか?」 息子が寝た後、夫はビールを飲みながらリビングで私に問いかけた。 「久志は優しいじゃないか。他の子と違うのが恥ずかしいか?」 夫は、穏やかな人だ。息子の変わった言動に怒鳴る事もせず、一緒になって息子の空想話を楽しむ。 私にはそんな余裕がない。小児科では異常なしと言われ、親戚や夫の両親からは煙たがられ。私の苦労を知らないから。 「枠にはめちゃだめだろ」

11年前

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「清志さんは心配してないの?あの子がこの先普通に暮らせるのかとか…」そこまで言えたものの、不安や、夫の理解が得られないストレス、悲しみが溢れてきて涙がこぼれた。 夫は慌てている。オイオイ、と言いながら頭を撫でてくれる。幸せな家庭だと思うのに、息子のことを受け入れられない自分は酷い母親だ。いよいよ、ワンワン泣いてしまう。 そこへ、寝ていたはずの久志が起きてきたようだった。

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「ぼくはあめなのかな」 悲しそうな久志を見ても、話し合う気にはなれずまた涙が溢れた。 「どうしてだ?」 「だって、おひさまが、ぼくのせいでないちゃったから」 久志の顔は見れなかった。 確かに優しい子かもしれない、それでも、この子の全てを愛する強さが私にはないのだ。 「そんなことないさ。お前は俺達の太陽だよ」 なぁ、と問われ、頷く。 夫と息子の視線が、私を咎めている気がしてならなかった。

紫乃秋乃

10年前

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数日後、進路希望三者面談に呼ばれた。 こんな子でも成績は悪くない。東大も余裕だと担任も言う。 なのに 「ぼく、いかない。詩をかくひとになりたい」 久志は空を眺めながら言った。 「いい加減に馬鹿言うのはやめて!」 私は怒りを露わにし息子から逃げ出した! 情けなく悔しく、涙で世界が溶け落ちていく。 あんな子産まなければよかった! …雨は、私の方だ…。 私は自然と車道に吸い寄せられて行った。

真月乃

10年前

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耳を劈くようなクラクションが鳴った。 途端に私のからだに衝撃が走る。 蹲る私は薄っすら目を開けると、私は反対車線まで飛んでいた。 大きなトラックが目の前に停まり、その前には学生服の男の子が横たわっていた。 私の小さな太陽がそこに居た。 「久志!!」 私は駆け寄ると彼は微かな声でこう言った。 「ぼくの…たいせつな…おひさまが…くだけちゃうのは…かなしい…」 そう言うと、彼は息を引き取った。

- 完 -