「白状しなさいよ!」 美希はケータイの通話履歴を慎司の目前に、突き出す。 「だから友達だって言ってんだろ!」 声を張るものの、慎司の目は明らかに泳いでいる。 美希はケータイをソファーに投げ捨てると 慎司をキッと睨んで部屋を出て行った。 が、すぐに戻ってきた。 「ちょっ....!!お前!!」 しかも、とんでもないものを持って。
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ぶっとい針と糸を手にする美希。 「な、なにを?」 俺はどこかぶっ飛んでやばそうな目をする美希に近づき、落ち着くよう声をかけようとした。 すると美希は、俺の腕に何かを刺した。 ……注射器? 「何も言わないなら言わなくていいの。これから言い訳なんて口にできないようにしてあげる。その口を縫い付けるの。でも痛いのはいやだろうから、ネットで注射器と睡眠薬を買っておいたの」 く、狂ってるっ⁈
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「だ、誰か助け…ッ…」 焦る気持ちとは裏腹に遠くなっていく意識に慎司は絶望し、そして--- その場に崩れ落ちた。 思えば美希には昔からヒステリックな所があった。 付き合い始めて一年になるが、そこだけはどうしても治らない。 慎司も嫌気がさしはじめており、別の女の子と遊びに出る事が増えたのもきっとその所為なのだろう。 「でも嫌いになった訳じゃない。本当だ!」 そう言いかけたが…叶わなかった。
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気づくとそこはさっきまでいた部屋だった。 「俺の口!!」 思い出すように慌てて口に手を当ててる。異常は無い。 あたりを見渡す。美希の姿も無い。 慎司はホッと胸をなでおろし 「ったく危うく俺のクールフェイスが台無しになるところだったぜ」 と独り言を言った。 「飯でも食うか…」 慎司は立ち上がった拍子に正面の鏡に目をやった。 「嘘だろ…?」 慎司は絶句した。
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両頬に。 「し、刺繍…‼」 左頬には大きなハートがかたどられ、その中にmikiと。右頬には細かいハートがいくつかと、中央にはlove、と。 絶叫する直前、携帯がなった。美希からの着信だ。 「美希、どういうことだよ⁈」 「本当に口塞いだらいろいろ面倒だから、とりあえずこれ以上余計なことができないようにしといたわ」 「は、外せよ」 「無理に外そうとしたら頬の肉が千切れるわよ」
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このエキセントリックでアンタッチャブルな悪魔の所業に、慎司は閉口する気も失せた。 刺繍を指でなぞりながら、いかに彼女に愛され、想われ、寄り添ってもらっていたかに気づく。 彼女の、不器用な愛情表現。 「ちくしょう」 慎司は吐き捨て、心を入れ替える決意をした。 再び美希に電話をかける。 「ゴメン。俺、間違ってた。もうぜってーお前を裏切らない」 言下にガチャリ。 玄関が開き、美希が入ってきた。
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慎司は美希をハグしようと両手を拡げたが、咄嗟に引っ込め身構えた。 ズル…ズルル…ズズ…ズルル… 美希は何やら大きな塊を部屋に引きずり込んで来た。 「礼奈⁉」声にしてしまってから慌てて慎司は自分の口を押さえた。 「へぇ、レナって言うんだ?フフ…やっぱりその口は縫い合わせる?」美希の睨みは慎司の心臓を凍らせた。 「あんたが眠ってる間に、この女が訪ねて来たの」 礼奈の顔を見て、慎司の胃は裏返った。
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礼奈のカオが、なんとなく美希に似てる 「なんかちょっとイマイチだったんだけどねぇ」と不満気な美希に引きずられた礼奈のぷっくりした唇は美希のそれと同じく薄くなってて、奥二重だった目が二重に… 「これでいつでも私と一緒にいるみたいでしょ?」 ケラケラと笑う美希となんだか果てたみたいに瞳が宙を彷徨ってる礼奈 どうすれば…? …大きく息を吸い込んで、俺は最後の反撃を試みた
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俺は美希に体当たりして礼奈を抱えた。礼奈を選ぶんじゃない。ただ、今美希は狂気の中、今は逃げろ。 ────── ─── 気づくとそこはさっきまでいた部屋だった 「俺の口!」 夢だ、頬の刺繍もない。そこに美希が現れた。謝ろう心から。 「起きた?ねぇ慎司・・・礼奈を選んだよね?その口縫うだけじゃ足りないね。逃げられないようにしなきゃ・・・ね」 その手に持つものを見て凍りついた。
- 完 -