たったいま、ぼくは産まれた。そして、たくさんの大人に祝福され、可愛がられている。 「やあ、かわいいなぁ。アイドルになれるんじゃないか?」 「賢そうな子だ、将来は博士か大臣か?」 どんな人生になるか早送りで見て行きたい。 人生90年。1ページ10年だ。 早くも10歳を迎えた。元気いっぱい。クラスでは結構モテる。バレンタインのチョコは毎年3個くらいもらえる。やったね。 次の10年はどんな人生だ?
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僕は20歳になった。成人と言われてもピンとこない。好きなことしかしない自分には、成年も未成年も意味を持たないから。 10歳の頃からはアマチュア無線に夢中になった。自分の力で資格をとったし、大人の人との会話も楽しかった。 中学ではアメリカ人の先生に感銘を受け、将来はニューヨークに行くなんて言って誰よりも英語を勉強した。 高校で留学から帰国すると燃え尽きてしまって、それ以降はゲーム三昧の日々だ。
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20代は自宅に引きこもって、ひたすらゲームを続けた。 こんな僕だったけれど、一冊の本に出会って人生が変わった。 その本の名は、
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NOMAD 日本語の意味は遊牧民だ。 今までゲーム三昧で定職にもついていない私にはお似合いの本じゃないか。 ああ、そうだとも!と憤りを感じながらページをめくると以下の様に書いてあった。 1600年 今年はどうやら大きな戦があった。 1929年 もうおしまいだ、しぬしかない 1077年 悔しい … 本の真ん中には今年の西暦と私の生い立ちに付け加える様に、一言こう記されていた。
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2012 タイムリープしてない?
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そして60代も間近……定年退職を控え、俺は死体のように生きていた。いつからか、頭がボンヤリして、あまり細かいことを覚えていない。仕事? いつから始めていたのか? 空白の多い記憶は履歴書を作りがたい。 恋人の代わりにサボテンを愛でる生活は限りなく希薄であったが、平穏で充実していて、時折、絶望的に孤独であった。隣の婆さんとその息子の嫁との仲がこじれまくっていることすら、羨ましく思えたものだ。
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70歳になった年に病院に入った。 それ以来、ここで暮らしている。なにもせずただただ生きるだけの生活。生きていると言うより生かされているのか? あと何年、この生活が続くのだろう? 誰かが見舞いに来るでもない生活、生き甲斐のない生活にそろそろ疲れてきた。
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80歳になったらしい。 らしい、等とあやふやな物言いになってしまうのはここ数年の自身の記憶がほぼないからだ。 70で入院してから数年後、脳梗塞を起こし倒れた私は植物状態になってしまった。しかし、医学の進歩は凄まじく、私を再びこの世界に連れ戻した。 不具合のあった身体のパーツと障害のあった脳の部分を全て新しく入れ替えて。 今の私は20代にしか見られない。 また新たな人生だって送れるんじゃないか?
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私はなんでもできる気がしていた。なにしろ90年分の知恵がある上に若い。起業しようか、学問を始めようか、あれこれと夢を膨らませていた。 ところが、ある日突然に死んでしまった。 気がつくと怖い顔をした髭面の大男の前にいた。地獄の鬼というやつか? 私は自分が何故死んだのかを尋ねてみた。 「いっぱいになってしまったのだ」 いっぱいにって何が? 「生前の記録をつける帳面。これが閻魔帳の最後のページなのだ」
- 完 -