私は今日、愛している男に別れを告げられた。 ただの好きではなく、本気で愛した人だった。 凄く辛いのに涙が出てこない。 人は辛過ぎると涙が出なくなるのだと身をもって知った。 「何がいけなかったの?」 何度自分に問いかけただろう 問いかけに応えてくれる人はもう居ない。 呆気なく彼は私の元から去って行った 私達が愛し合っていたのは幻だったのだろうか? そうであってくれたらどれだけ救われた事か…

12年前

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けど現実はさらに私をどん底に突き落とす。彼の隣にはもう別な人がいることを人伝に聞いてしまった。 あの部屋でその人とテレビを観て、私が買ったイッタラの皿でパスタを食べて、あなたが抽選で当てたと喜んだリーデルのグラスでワインを飲むの?二人で組み立てたベッドでその人を抱くの? その想像に涙が溢れて止まらない。振られても涙が出なかったのは喪失に実感がなかったからだと知った。 私は本当に彼を失った。

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涙が枯れるほど泣いた私は、ようやく気が付いた。 私が彼を失ったんじゃない。 彼のほうが、私を失ったんだ。 彼が、私を捨てたんだ。 さっきまでの喪失感はどこかへ消え失せ、私の心には新たな気持ちが湧き出てきた。 どうして、私が不幸を感じなくてはいけないの? どうして、彼は平気なの? どうして、あの女は笑ってるの? どうして? どうして? 気が付いたら、私は合鍵を持ってあの部屋へ向かっていた。

kyo

12年前

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私はおかしくない。 そう、これでいいの。 私だけ辛い思いをしているのは フェアじゃない。 あなた達の幸せ… 私が壊しちゃっても… いいよね? ふふっ 何だか楽しくなってきちゃった♪

夢亞☃

12年前

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鍵を開ける。まるで元の住人を拒むようなその音に、思わずたじろいだ。 幸い、二人はいないようだ。 部屋の中、例えば歯ブラシやペアのマグカップ、写真立て、カレンダー。 何気ないものが主張する。ここは私と住んでいた頃の部屋じゃないですよ、あの女と彼の愛の巣ですよ。 わずかに、匂いだけがあの時のままで、涙が頬を伝う。 その時だった。 ガチャリ。 「今日は楽しかったねー」 二人が帰ってきた。

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びっくりは、した。だけど焦りはしなかった。 なぜなら、私には「私がここに居る正当な理由」があったからだ。 様子を見ようと思ったので、とりあえず私はベッドの下に潜り込んだ。 何やら楽しげに話しながら、2人が部屋に入ってきた。私は冷静だった。2人は私に気付く事なく、ベッド(私の上)に腰かけた。 2人の会話を聞こうと耳を澄ますが、この女が笑うたび、ベッドが軋み、集中できない。 この女。

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私ははやる気持ちを抑えてじっと待った。 するとなにやら彼が泣いているようなのである。そのあまりにも急な展開に私はますますベッドの下から出られなくなり、ただただ耳をすませるのであった… 彼から発せられた一言に私は凍りついた。

ANDO

12年前

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「ごめん。元カノを思い出して」 何を言ってるの、捨てたのはあなたでしょう。そう怒鳴りたい気持ちをこらえ歯を食いしばる。 「仕方ないよ。意識失ったままでしょう。彼女の両親もあなたの決断を責めていなかったじゃない」 事故で意識不明。それなのに私は今ここにいる。吐き気がする。何か忘れている気がする。私はあの日交差点の信号待ちで── 誰かに突き飛ばされた。あの腕は確か、そう、この女。

12年前

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目を開けると白い天井が広がっていた。 徐々にハッキリ聞こえてくる、医師や看護士の声… そう、私は目覚めたのだ 後日、私に下された診断結果は外傷後健忘症(事故による記憶喪失) 涙ぐむ母、目覚めただけでも奇跡だと励ます父。 ふふっ……ごめんね。 奇跡なんかじゃないよ 私ね、地獄から這い上がって来たの。 だって、彼には私が必要でしょ? あの女には消えてもらわないと。 これからが、ホ・ン・バ・ン♪

wknyn

12年前

- 完 -