女の子になりたい。 ぼくは『なりたいもの』の所にそう書き込みました。 けれど、すぐにはずかしくなって消しゴムで消して、えん筆のデコボコあとでばれないように、紙をうら返してつめを立ててこすりました。 ばかばかしい。ばかばかしい。 こんなことがほかの人にばれたらだめです。
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先生はそういう人もいる、と授業で言いました。だから、サベツはダメよ、と言いました。 だから、ぼくは気づきました。 ぼくは、ほかの人とちがうんです。みんなが知ったらぼくにサベツするんです。 男の子である事がいやなわけじゃありません。ただ、女の子の方が楽しそうなだけです。 『なりたいもの』の欄には消防士と書きました。 うそはいけないけど、うそをつきました。
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本当の気持ちをそのまま口にすることがゆるされるなら、どんなにいいでしょう。 そうすれば、ぼくだってうそをつかなくてもいいのです。いったい何がわるいのでしょう。ぼくがひととちがうからでしょうか。それともサベツをするひとでしょうか。わるいことがまたべつのわるいことをひきおこしていくのです。 それにくらべると、消防士はかっこいいです。だれだってそうおもうことができるのですから。
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「ゆずりはちゃんの夢はまほう使いなんだって!」 休み時間、教室はある女の子を囲んでいた。 「まほう使いなんてしょくぎょう、あるわけねえじゃん!」 男子も女子もかのじょを笑っていた。 世良ゆずり葉。一文字だけすごく難しい漢字。そしてとても変わっている。 「いいじゃないか。僕の夢は僕だけの夢だろう?夢は自由なんだ」 世良さんは女の子のかっこうなのに“僕”って話す。 「それに僕はもう魔法使いだし☆」
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「じゃ!まほう使ってみろ!」「つーかえ!つーかえ!つーかえ!」 「もう使ったもん!」 世良さんは顔をまっ赤にさせてどなった。 「どんなまほうだよ!」男子が世良さんをこづいて言った。そしたら世良さんは 「僕は男の子になったもん!」と言った。 教室はいっしゅんしずかになったけど、すぐに爆笑になった。 「チンコ見せてみろよ!」さっきの男子がまたこづく。 世良さんは涙目でおこりながら男子にかみついた。
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ぼくは男の子だから、世良さんを助けなきゃいけない。みんなは笑っているけど、これは良くないことなんだ。なぜか、悲しい気持ちがしたから。 2人の間にとつげきする。なのにぼくは泣いただけ、3人とも泣いて終わった。女子が集団で先生をよびにいったのが目に入る。うまく男の子ができなかった。だめだ。 「僕は!」 世良さんが教室から走り去っていく。その背中についていきたくなって、ぼくまで走っていた。
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「あ!(女の子みたいなクラスメート)が世良のことを追っかけていったぞ!」 「あいつらきっと、ケッコンしてるんだよ!」 どっと教室中がわきたつ声をせなかに聞きながら、ぼくは世良さんを追って走った。世良さんは足がはやいので、すぐに姿を見失ってしまった。屋上に上がってみると、隅っこで世良さんがたいいく座りしているのが見えた。顔をひざにうずめて、表情は見えない。夏の青い空にはセミの声が鳴りひびいていた。
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なんて声をかければいいんだろう。迷っていると世良さんはうつむいたまま言った。 「さっきはありがとう。うれしかった」 返す言葉もない。だって世良さんを守れなかったのにうれしいって。みじめでいたたまれなくなったぼくが去ろうとすると、世良さんは立ち上がり空を仰いだ。ほほを伝う涙は日差しを受けてキラリと輝く。 「くやしいけど僕はやっぱり女の子だ……だけどね、女の子にだけ使える魔法があるんだ。見せてあげる」
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世良さんは人差し指をくるくると回しはじめる。 クラスのみんなみたいに嘘をついてるとは思わないけど、魔法なんて本当にあるのかな。 僕は最近授業で習った「はんしんはんぎ」って言葉が浮かんだ。 「目をつぶってて」 僕は目をつぶる。 つぶったのに屋上の景色が見えたままで世良さんに似た男の子が立ってる。 「かがみ見てきなよ」 僕はその子に言われた通りにトイレに向かう。 「自分のなりたいものになってるから」
- 完 -