ちーちゃん

… …足音が… 段々と近づいて来る… 私が歩調を速めると、足音も大きくなっていく。 走ることができない。 ストーカー…それ以外有り得ない。 日も暮れた真っ暗な道の中、私は後ろを振り向けなかった。 振り向いた瞬間、大きな腕でさらわれてしまうと思ったから。 このままでは。そう思った私は、思い切って走ろうと、足を踏み込んだ。 その瞬間、あの懐かしい声が聞こえた。 「待って、ちーちゃん」

sora

13年前

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「……え?」 私をちーちゃんと呼ぶ懐かしい声。私のことをそう呼ぶのは、両親、妹、そして3年前に死んでしまった幼馴染の 「…たっちゃん??」 振り返る。そこには学ランを着た少年が1人。 嘘だ。だってたっちゃんは死んでしまった。ここにいるはずはないのだ。 「会いに来たよ、ちーちゃん。」 私がずっと好きだった笑顔でたっちゃんはそう告げた。

nona

13年前

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「本当にたっちゃんなの?」 「うん!そうだよ!君の事なら何でも分かるたっちゃんさ」 例えばと続け 「小4の時までおねしょしてた事、小5の水泳の時間着衣水泳の時、下着忘れちゃってノーパンで過ごした事、校内でかくれんぼしてた時、体育倉庫に閉じ込められた事とか。それから」 「やめて」 恥ずかしさのあまり叫んでしまった。本当にたっちゃんなんだ。それでねと続け 「忘れ物を取りにきたんだ」 笑顔が眩しかった。

13年前

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「忘れ物って何なの?」 「うん…学校にね」 「探すの、手伝ってあげるよ!」 もう見られないと思っていた幼馴染の笑顔が嬉しくて、もっと一緒に居たくて、私は忘れ物を取りに行くのに付き合うことにした。 「ここだよ」 私達が一緒に過ごした教室だった。日が暮れ掛かってしんとした教室は、何だか肌寒かった。 「それで、何を忘れたの?」 「…」 「…たっちゃん?」 たっちゃんの顔が、よく見えない。 「…実はね」

nonama

13年前

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たっちゃんは机の中を探り出した。今は誰の席なのかも分からないのに。 「あった」 そう言ってたっちゃんが取り出したのは、A4サイズの紙一枚。手渡されたそれを見て、わたしは凍りついた。 私の顔とヌード写真の合成画像。 下品で粗野な暴言の羅列。 中学の頃クラスに貼り出された記憶が蘇る。誰のしたことなのか、分からずじまいだった。 「どう言っていいのか分からないけど」 たっちゃんが顔を伏せた気がした。

rainfall

12年前

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「これをやったのは僕なんだ」 悪戯坊主みたく、照れながら笑って許しを請うかと思っていたけれど、たっちゃんの顔からは大好きな笑顔が消えていた。 知っていたよ。 たっちゃん以外にいないじゃないか。 おねしょを言いふらしたのも、スカートめくりをしたのも、体育倉庫の鍵を閉めたのもたっちゃんだ。 悪戯は小学生の頃に卒業しておくべきだったんだ。壊れてしまった関係を後悔していたこと、私は知っていたよ。

aoto

12年前

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「ごめんね。僕の悪戯で何度も泣かせた」目の前にいるたっちゃんはもう、悪戯坊主ではなくて…。死んだから卒業できたの?違うよね。きっと生きていたってそのうち、大人になったたっちゃんに、出会えたはずだった。 死んでしまったらもう、やり直せない。 「ばか」 ひとしずく、涙がこぼれたら、もうダメだった。3年前に流し切ったはずの涙が、後から後から溢れてくる。「悪戯で泣かされたのなんか、どうってことない」

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「そう」 暗くなった教室で、たっちゃんの顔はよく見えない。笑っているのか泣いているのか、奇妙に歪んだ唇だけが焼きついて。 「なら、今から言うことを聞いても泣かないでね」 背筋が冷えた。 「3年前、僕は君の部屋に忍び込もうとして、ベランダから落ちて死んだ。下着を盗ったのは僕。…今もまだあの部屋には、盗聴器と盗撮カメラが残ってる」 卒業できなかった悪戯はいつの間にか、悪戯では済まなくなっていたんだ。

lalalacco

12年前

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私は恐怖のあまり声も出なかった。 頭の中がパニックで、何がなんだかわからずでも一つだけわかったことがあった。 "ここから逃げなきゃ" と思ったが、すでに手遅れだった。 「あのね、もうひとつ忘れ物があるんだ」 その続きを、聞きたくなかった。 だがここまできたからには聞くしかないと、震える身体を抑え 「もうひとつの忘れ物って何?」と聞いた。 奇妙に歪んだ唇から 「ちーちゃん」 と私の名前を呼んだ

kyue

12年前

- 完 -