五時限目はお静かに

僕の昼寝は日課だ。 毎日、五時限目になったらいかなる授業にも関わらず必ず寝る。 昼食を食べた後の睡眠が気持ちがいいからだ。 この睡眠のために僕は成績をいつも上位においている。 僕は五時限目の睡眠は誰にも邪魔はさせないと意地になっていた。 しかし、ある日後ろの席の女子が誰にも聞こえないような小さな声で言った一言で僕はその時間全く眠れなかった。 「よし、やっぱ死のう」

utumiya

12年前

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その声はあまりに素朴で、そして自然だった。でも僕の頭の中で何回も鳴り響くような、そんな言い方だった。 五限目の昼寝を終えて、といってもほとんど寝られなかったのだけど、後ろを振り返った。 声の主と思われる彼女はのろのろと次の授業の支度をしているようだった。見られていることに気がついたのか彼女はふっと顔を上げた。 とっさに目をそらせなかった。 僕の目をまっすぐ見つめたまま彼女は微笑んだ。

taida

11年前

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見た目はどう見ても美人。スタイルもいいし僕よりは低いが結構成績もいい。 学校では休み時間になると女子の会話にも参加して充実した日々を過ごしているように見える。 それのどこが不満なのかは知らないが、今の言葉を発したのには訳があるんだろう。 僕はこの5時間目には寝ると決めている。しかし、寝れなかったのだ。彼女の一言のせいで、今後こういうことがないように僕は彼女の問題を解決しようと話しかけた。

むきゅう

11年前

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「あのさ、死にたいの?」 「えっ」 しまった。僕としたことが。 なんてストレートに聞いてしまったんだ。答えてくれるわけないじゃないか。 「もしかして、さっきの聞いてた…?」 「ばっちりと」 「いつも寝てるから、聞いてないと思った…」 「おかげで眠れなかった」 「授業は起きてなきゃだめだよ」 すごく蔑まれた視線を戴いた。何だよ、僕が話を聞いてあげようとしているのに失敬な。僕は密かに憤慨した。

月野 麻

11年前

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僕としたことが感情が表情に漏れていたらしい。 「なんでもないの。邪魔してゴメンね」 そう言って席を立った彼女もまた、感情が表情に漏れていた。 だけど別に、僕からすれば、日課を邪魔されなければそれでいい。 翌日の5限目。良い感じに眠気が僕を包み込もうとしている。至福の瞬間。 その時、小さく長い溜息が聞こえた。 小刻みに震えているような音。 その音が頭の中で反芻する。 僕は寝言のように呟いた。

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……眠れないじゃないか。 殺意に近い苛立ちを堪えて、僕は後ろを振り向き、はっとした。 彼女は肩を縮め、息を殺し、小さく俯いて。 泣いていた。 「何泣いてんだよ」 「なんでもない。…寝なさいよ」 「気になって眠れない」 何故死のうなんていうのか。なぜ声を殺して泣くのか。 潤んだ瞳と目が合い、見つめあう── 「おい、そこ!」 ギロリと先生に睨まれる。 二人して、廊下に立たされることになった。

11年前

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何故僕がこんな目に。 「はあ…」 純粋な怒りと、それを通り越し、睡眠を妨害された悲しみとが入り混じった深い深いため息をついた。 隣の彼女は、教室とはうってかわって涙などその綺麗な顔のどこにも見当たらない。 むしろ、どこかすっきりしたような表情だ。 「死にたいってやつの顔かよ」 僕は思ったことを素直に口にした。 「……そうかな」 そう言って彼女は微笑んだ。 ますます意味がわからない。

大損。

11年前

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「痛みって慣れじゃないのね」 「何の話?」 「いいから聞いてよ。私、麻痺だと思うの」 僕は訝しげな目を向けるが彼女はまっすぐ前を見たままだ。 「誰にも言わないけど泣いてる所見られちゃったし」 さらりと布擦れの音がした。顔には出さないが相当焦った。脱ぐなよ。そう言おうとして固まった。 「あ、勘違いしないで。これは私が頼んだ事なの」 僕は何も言わない。彼女の肌には無数のケロイドの傷があるのだ。

annon

11年前

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彼女の事情はわからない。 だが今、僕の目の前に映るこの無数の傷痕に怒りがこみ上げてきた。 「生きてるって実感が湧かないの」 僕は上着を彼女に被せ、肌を隠した。 「来い」 怒気を含んだ声に彼女がハッとする。 「一応授業中だよ?」 ズンズンと僕は彼女の腕を掴み、屋上へ向かう。ガチャンとドアを開けると僕はゴロリと寝転んだ。 「僕の生き甲斐わけてやる」 彼女が泣き笑い、それから五時限目の昼寝仲間が増えた。

11年前

- 完 -