鉛筆が紙の上を走る音。リズムよく、教室に響いている。 放課後の教室は、生徒も少なくて、とても静かだ。今も数人しか残っていない。 真剣に問題を解いている彼の横で、私はスケッチブックを開いた。目を閉じて、イメージを膨らませてから、一気に描いてゆく。隣に座る彼の横顔— 「なぁ、それって俺?」 いきなり話しかけられて、びくっと肩が跳ねた。いつの間にか、彼が私の後ろから、絵を覗き込んでいた。

紬歌

7年前

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「あ、うん。」 見られた、という羞恥心から、一気に顔がかっと熱くなる。 「すげ、うまいじゃん。芦田って美術部じゃないよな。なんでこんな描けるの?」 何描いてんだよ、とか。 キモい、とか。 そんな言葉を想像して勝手に身構えていた私は、思いっきり大きく息を吐いてしまった。 「え、大丈夫か?なんか顔赤いけど。」 ぶんぶん、と私は勢いよく手を振った。 大丈夫!ぜんぜん、平気!

asaya

7年前

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頭の中はパニック状態だった。 さらには、ぶん回していた手を彼にぶつけてしまって、顔に浮かんだ火は轟々と燃え始めていた。 「ギャーごめんなさいごめんなさい迷惑ばかりかけて!」 てんやわんやな私を前に、彼は口元を抑えきれず、大笑いする。 「ゴメンなー、驚かせちゃったね」 ほんのり優しい声が私の身体を通り抜けていく。それは爽やかで、温かくて。 「迷惑とは思っていないから。落ち着いてね」

aoto

7年前

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正直引かれたと思った。けれど実際は違って。寧ろ、絵をきっかけに会話ができて。 「俺、そろそろ時間だから」 また明日──ニッカと向日葵のような笑顔で手を振られて、ああ……。もう、これは。完全に……。 これは学校の人気者、熱田くんに本気で惹かれた芦田美奈の短い短いお話。 まず何が変わったかというと、スケッチブックの消費が早くなった。今度熱田くんに見せる時までに描き溜めておきたくて。

ゆりあ

7年前

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小さな頃から人を描くのが大好きだった。ひとりっ子だからだろうか。ママはらくがき帳さえ渡しておけば大人しくしてるから楽だったと笑う。 だけど、〝これを描きなさい〟と言われると、途端に何も描けなくなる。これじゃあ絵の道には進めないな。中学生の頃に悟って、普通の高校を選択した。 熱田くんは、最初モデルの一人に過ぎなかった。表情豊かな彼は描き甲斐があった。とっておきたい瞬間が次々やってくる。

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向日葵みたいな笑顔、授業中のちょっと眠そうな顔、時折見せる真剣な面影… 熱田くんの表情は、万華鏡みたい。くるくる変わる。 特に私が惹かれたのは彼の瞳。優しくて時に真剣で。でもそれを描くのは恥ずかしくて、くすぐったい。私は彼の瞳に映る世界を描くようになった。 サッカーボール、黒板、それから友達。 3冊目のスケッチブックが埋まった頃、なんだか悲しくなった。彼の瞳の先に、私はいない。

7年前

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