「もーいーかい?」 「もういいよ!もう散々だよ!いつまでやってんだよこんな事!腹減ったよ!眠いよ!うちに帰りたいんだよ!もうやめてくれよ!」
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放課後。丁度午後三時から始めたかくれんぼは消耗戦の様相を呈してきた。 左手に巻いた腕時計を見ると、開始からゆうに八時間は経過している。あたりはとっぷりと暮れ、街灯が不気味に瞬いている。 夜の寒さと空腹と睡眠欲。息は荒くなり、周りから感じられる気配は野犬が何かのような獰猛さを孕んだものに変わっていた。 見つかっていないのはどうやら俺だけらしい。見つかるまで帰れないとか言うんじゃなかった。
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「帰さないよ」 見つけやすいように公園のど真ん中にいる。 声の主は、誰だった? そういえば、誰とかくれんぼしていたっけ? 「お前ら、いい加減にしろよ」 叫びながらどかっと座り込んだ瞬間、街灯が消えた。眠気は飛んで行き、突然の暗闇に嫌な汗が背中をつたう。 生温い風、遠くから聞こえる犬の遠吠え、複数人の囁き声。 「帰さないよ」と言う声と同時に、腕時計の秒針が止まった。 大勢に囲まれてる気配──。
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俺はベンチから立ち上がり駆け出した。公園から出るんだ、と俺の脳が直感的に叫ぶ。 だがおかしい、何処から出るのが正解なのか、思い出せない。いつもの公園のはずなのに。 「逃げてもムダだよ」 それでも俺は闇雲に走る。それしかない。 「ここは僕らの箱庭なんだから」 気持ち悪いこと言うなよーーいや、これは虚勢だ。本当は冷や汗が止まらない。早く、お願いだから、夢なら醒めてくれ!
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「もーいーかい?」 願いも虚しく、声が迫ってくる。 「もうやめてくれ!」 「もーいーかい?」 俺の答えを無視して近づく声達。逃れようもなく囲まれている。 そして何かが俺に触った。 幾つも幾つもぺたぺたと、俺を確かめる感触。 掌、だろうか。もはや声を出すことも出来ず、立ち尽くすしかない。 「いたよ」 「捕まえた」 見つけた、だろ? かくれんぼなんだから。 言う間もなく、何かに強く腕を掴まれた。
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「痛っ!」 思わず俺は悲鳴をあげた。 「あ、ごめんごめん」 悪びれない声。恐る恐る振り返ると…… 「リュージ!」 思い出した。俺はリュージたちと遊んでいたんだ。何でいまの今まで忘れていたんだろう。 「リュージ、この公園なんか変なんだ!帰ろう!」 俺はリュージの腕を掴む。 「…うん。帰ろう、あの日へ」 あの日? 疑問に思いリュージの方を向いた瞬間、俺は夕暮れの中に立っていた。ここは……工事現場?
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そうだ、あの日俺たちはいつもの公園が上級生に占領されて遊べなくて、代わりにこの辺鄙な工事現場で遊んでいたんだ。 いつもの鬼ごっこを始めた。 じゃんけんに弱いリュージはこの日も鬼だった。 そしてすばしっこい俺はいつも最後まで残っていた。 「ケンちゃんいた?」 「いないよ〜」 リュージ含む四人は固まって相談してる。 それを俺は鉄工の陰でほくそ笑んでた。 あいつらバカだなー。 ん?何だこのロープ。
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「これにぶら下がって遊ぼうぜ!」 「あ!ケンちゃん見つけた」 かくれんぼはもう飽きた。 これならターザンごっこができる! 「みんなもこれで遊ぼうぜ!」 一人でぶら下がりながらみんなを誘う。 「いーね、やろうやろう。」 三人も寄ってくる。 リュージ以外がぶら下がった所で 「やっぱりやめようよ」 リュージが言う。 「早くしろよ、これ疲れるんだから」 「うん...」 最後の一人がおずおずとぶら下がる。
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その時。ぶち、と、音がした。ロープが切れたのだ。 リュージの頭からは、血が流れていた。 あぁ、そうだった。リュージは死んだのだ。「あの時から、僕の時間は止まったまま…」悲しそうに、リュージはいった。少年の姿だった。 何がお腹が空いただ。なにが眠いだ。リュージの時間はとまっていたのに。 「遊んでくれて、ありがと。もう、未練はないよ。」 「待って。行かないで。リュージ。」 俺の手は、虚しく宙を切った。
- 完 -