フられてしまいました。 イヴに。 「考え直してくれよイヴ!たった2人の人間じゃないか」 「アダム、あなたにはほとほと呆れたわ。もういいの。私はこの東のエデンをでて行くわ」 「そんなぁ…。神様だって望んでないよ。そんなこと」 いくら言葉を並べても身ひとつで出て行こうとするイヴに聞く耳はない。
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「じゃあ…、じゃあっさ、気が向いたらまたここに戻ってきてよ。一人での生活なんてきっとすぐに飽き飽きしちゃうよぉ」 「あなたといるよりはましだわ。さようなら。人間が増えるといいわね」 やはりイヴは行ってしまった。僕たちが別れて人間が増えるわけがないじゃないか…などと思っていると、蛇がやってきた。あの蛇はよく僕らを色々なことに誘ってきたな。今日は何の用だろう。
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「やぁ、アダムの旦那ぁ。何か大声で言い争ってたみたいですけど、イヴのべっぴんさんと喧嘩ですかぃ?」 「…今日は一体何の用だい?」 「…おやぁ?旦那ぁ、イヴさんはどこですかぃ?」 …蛇よ…聞いてたんじゃなかったのか。 傷を抉らないでくれよ… 「…出てったよ。一人で幸せに暮らすって…」 「それは困りましたねぇ、旦那ぁ。人間が増えないじゃないですかぁ。ここは…」 「知恵の木の実だね?それは無理だよ」
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「禁じるということは、神様は本当はそれを望んでいるんだろう? 僕はあの人が嫌いで、イヴが好きだから、君にはそそのかされないよ」 ちろちろ、と蛇は舌先を揺らす。 しばし、蛇は押し黙る。蛇の考えていることはわからない。多分、僕らを惑わすこと自体が彼にとっての悦楽なのだと思う。 「じゃあ、こういうのはいかがざんしょ?」 蛇のしわがれ声が、艶やかな色に変わる。色白な女性の腕が、しとやかに僕に絡みつく。
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「これで問題ないでしょ? さあ、躊躇わないで?」 そこには僕を妖艶な瞳で見つめる なんとも美しい女性が立っている。 僕はさっきまでのいざこざを忘れ すっかり彼女の虜となってしまった。 「ふふ、神様に逆らうことは 出来ないでしょ? 大丈夫よ、全部忘れましょ? こんなやり方もありなのかもよ?」 魅力的な目線と微笑みに 僕はもう理性を失いかけてしまった。 「イブ…そうだ、もう気にしないさ ‼︎」
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蛇は、否、妖艶な美女はするりと背後から果実を取り出す。僕は目を見開いた。 「それはルール違反だ。僕にそれは出来ない」 「躊躇わないで。今貴方の目の前にいるのは私、私がルールなのよ?神様だって見ちゃいない」 さぁ、と切れ長の目は色香を纏わせて迫る。これを許してしまうと僕ではもう僕で居られない。 その実は酷く甘美だと言う。だからこそ自分達には必要の無いものなのだ。イブと約束した事を思い出した。
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あなたが禁断の果実を食べるときは私も一緒に。 他の誰とも、もちろん独りでも、神様との約束を破らないで。いい? 破るときは、私と一緒に破るのよ。 罰を受けるのも、二人なら辛くない。 そういう意味だったんだろう? ああ、僕のイブ。帰ってきておくれ。 どんなに美人でも、例えば君のような美人が他にいたとして、君が世界で一番醜いとしても、蛇なんかじゃ、妖術なんかじゃ決して叶わない。 君を愛してる。
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「彼女との約束を裏切れないよ」 「貴方を捨てたイブ?私はずっと傍にいるわ」 イブと一緒に罪に堕ちることがあっても、僕の罪が彼女を傷つけるものであってはいけない。 「彼女には、いつか寂しくなった時に帰る場所が必要だよ」 美女は寂しげに一瞬顔を歪めた。 不幸な者を作るあの人の思い通りになるなど、この蛇だって望んじゃいないだろうに。 「欲や善悪の知識なんかいらない。僕はイブさえいればいいんだ」
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美女が諦めてくれたかと思うと、イヴが戻ってきた。 「ごめんなさいアダム。あら、その女は誰?」 「蛇さ」 「嘘よ。私がいなくなった途端これなんだから」 「信じてくれ。僕は君が帰ってきても寂しくないように…」 「イヴ、知恵の実を食べてごらん。私が蛇かアダムの愛人なのかわかるはずだから」 「食べちゃだめだ」 「愛人だとバレるのが怖いのね」 怒りに沸騰したイヴは、ついに禁断の果実を口にしてしまうのだった。
- 完 -