黒の向こう側に

ここは黒い世界。あたしはここでしか生きられない事を知っている。 あたしは、戸籍がないから学校に行けない。 でも、保健室の先生が隣の家のお姉さんで、お姉さんはこっそりとあたしを学校に通わせてくれるようになったんだ。 先生は周りにばれないようにあたしを助けてくれた。黒い世界のあたしを、白に導いていこうとしてくれた。教室に憧れる。それは悪い事じゃないよと言ってくれる。 「ノゾミの権利だよ」と──

12年前

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保健室には、学校にはそこだけしかない、古くて大きなストーブがある。 あたしは先生とそれを囲んで、日がな一日暖かさを眺める。 保健室の掲示板は、覚えるほど読んだ。 ある日、先生がいない時に、保健室の扉が開いた。 白い肌に頬だけが真っ赤で、その子が発熱しているのがすぐにわかった。 ツンと澄ました二つ結びの美人な女の子と、ストーブの前のあたしの、目が合う。 「……何よ?」 話しかけられてしまった!

12年前

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「…あ、先客?わりぃな邪魔して。ほらサーラ、睨んでないで寝ろ。熱あがるぞ。ごめんな、こいつ高圧的だけど悪気はないから許してくれな」 女の子の後に続いて入ってきたのは元気そうな男の子。どうやら女の子の付き添いらしい。かっぷる、ってやつかな、、、? 「先生はいないのか…君は、えーっと」 「…ノゾミ」 「ノゾミはどこか体調悪いのか?大丈夫か?」 その質問にどきりとした。

ハイリ

12年前

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「あ、えっと」 「ユウジ!くだらない質問よりも、教室の鞄とって来て!」 「…はいはい。」 そういって、ユウジという男の子は、出て行った。 え?ちょっと、2人きりって… 少女は気にせず、結んでた金髪を解いている。 じっと見ていると、 「……何よ?」 また話しかけられた。 「いえ…綺麗な髪だなぁって」 「あぁ、これ?親がフランスなのよ。あたしからすればあなたの黒髪の方が綺麗で羨ましいわ。」

ドメシ

12年前

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褒められた、のかな… そういうことは今までにあまりなかったし、第一、人と話すことさえほとんどなかったのでとても困惑した。 「あ、ありがとう…ございます…」 一応そう言っておいた。 あっているかわからなかったけど、そう言わなければいけない気がした。 私の一部が褒められた 日本人なのだから 黒髪は当たり前かもしれない。 けど、それでも褒められたのは、すこしくすぐったい感じもして、嬉しかった。

Salt Candy

12年前

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この子と、仲良くなりたい。頭の中で突然弾けた感情は、あっという間に私を支配した。抱いたことのない、初めての感情に戸惑いつつ、私は口を開いた。 「サーラっていうの……?」 「そうよ。まあ、サラって呼ぶ子の方が多いんだけどね」 「そ、そうなんだ」 再度静まり返る保健室。紡ぐ語彙のない私が憎らしい。私は、このサーラと仲良くなりたいのに。 「……権利が、ないんだ。私には」 「はあ? 何それ」

Ringa

10年前

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「話すと長いんだ…。でも」 この子になら、誰にも出来なかった告白をしても良いかもしれない。そう思えたのだ。 「………」 「ごめん、いきなり過ぎるよね、なんか、うん」 私は黙ってしまった。やっぱりどうしても怖くて、臆病だから。 「……あいつが戻ってくるまでで良いからさ。言ってみたら」 それでも彼女は先を促す事も興味を失う事もなく、待ってくれた。 私は、もう後悔なんて考えなかった。

harapeko64

10年前

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「私、戸籍がないの。だから、学校本当は行けなくて。だけど、保健室の先生が知り合いで、保健室にだけはいられるの。いっつもここで一人で勉強。それでも家よりはマシ」 一気に喋り切ると、頰が熱くなるのがわかった。言っちゃった、全部。 サーラは黙ったまま聞いてくれた。 「…あたし、バカだから戸籍のこととかよくわかんないけど、良かったら今度一緒に勉強する?」 サーラは優しい笑顔で笑った。頰はさっきより赤い

Dangerous

10年前

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 私は生まれてから、黒い世界しか知らなかった。白い世界に憧れて、だけど、届かなくて。それが当たり前だった。  だけど。 「えーっ何で答えと違うのよ」 「な、何でだろ……?」  あれから時々サーラは保健室に来てくれて、一緒に勉強するようになった。先生たちも喜んで応援してくれる。 「サーラ、また保健室にいたのか」 「ユウジ! ちょっとこの問題教えてよ」  今、私の目の前に広がる世界は、金色だ。

八子 棗

10年前

- 完 -