僕の左の頬から小松菜が生えてきて困る。 腹が立ってもぎったら、右の頬からも生えてきた。 悔しくて泣いてしまったら 塩分で萎れた 食べてくださいとか流暢に喋りやがる ムカついて萎れた小松菜を 自分の口に突っ込んだ なんだよこれくそうめえ
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しかし、だ。 しかしながらこのツラをさげて現場に行くわけには…いや、僕はきのうクビになったのだ。 親方の座布団を屋根の上に干してたら、風に煽られ飛んでった チャリで近所を探し回ったけど見つからなかった 金色でふかふかした親方の座布団は誰かに盗まれたのだろう 親方は怒り狂い 僕はクビになった あーあ。 それにしてもうまいぞ小松菜 お褒めに与り光栄です 美しい日本語喋るんだな おまえ
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千切っても、食べた分だけ生えて来る。何故に小松菜。疑問はつきないが味はいい。 だがそのまま食すのにはすぐ飽きた。 最近流行りのグリーンスムージーはいかがでしょう。 小松菜のくせに丁寧だ。 左右の頬から生えたそいつらと、冷蔵庫のギリギリな野菜と傷んだ林檎を放りこんで、埃を落としたミキサーにぶっこむ。 うますぎる。 小松菜生活も悪くないが、このままでいるわけにもいかない。 さてどうしようか。
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マスクをしてもこの小松菜は隠れなかった。 「うぅむ....どうしたものか」 ふと思い立ち、小松菜を耳に挿してみた。 するとどうであろうか!今までに聞いたこともない美しい旋律が聴こえるではないか! 「美しい・・・」いつの間にか涙がでていた。傷ついた僕の心はすっかり小松菜の奏でるメロディに魅了されていた。 「そうだ...仕事もないし、この美しい旋律をピアノで引いて売り出してみよう」
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そうして気がついた。 「僕、ピアノ弾けねぇや」 今まで音楽というものに縁がなかった僕だから仕方ないか。 ああクソッタレ、僕にピアノが弾けたらなあ! むしゃくしゃしながら小松菜を机に投げ捨てた。 試しに小松菜に本をあたえてみた。昔母さんがくれた難しい本だ。確か、医療関連の本だった気がする。 「なあ、ここがわからないんだが」 ここでございますか? ここはーー… この小松菜、頭もいいらしい。
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まことにお手数かと存じますけれど、わたくしを知の集積地、例えば本屋か図書館に連れていっていただけると大変喜ばしく思うのですが 「いいよ。連れていってやるよ」 そんなわけで貪欲な知識欲をもって小松菜は本の知識をみるみると蓄えていき、今では小松菜が図書館なのか図書館が小松菜なのかわからないくらいだ。 そして、主上にご提案がございます 「おう、なんだよ」 主上は今の世をどのように思っておりますか?
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「今の世…か」 はい。 ある日両頬から小松菜が生えてきて、食べてみたらくそうまくて。 金色でふかふかした座布団がなくなってクビになって。でも小松菜はうまくて。 グリーンスムージーにしてもうまくて。 耳に挿してみたら美しい旋律が聞こえて。 本を与えたら頭もいいことが分かって。 ついに小松菜が図書館なのか図書館が小松菜なのか分からなくなって── 僕は小松菜なしの世界が考えられなくなっていた。
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そして、いつしか……ペンネームまで「青い小松菜」にしてしまった! 何故って、緑の小松菜では至って普通だし、赤い小松菜は実在するけれど(本当w)、3倍早く育ちそうな気もするが、配色が赤というより紫色がかっているからだ。 モヤモヤした頭に迷案が浮かぶ。 「小松菜。お前がピアノ弾け!」 ヤダね。誰に向かって失礼な口をほざきやがって居るので御座いますか? スイマセン。御免なさい……。
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小松菜、小松菜… あぁ小松菜、小松菜、小松菜… 小松菜の事しか考えられない。 非常に困っている。 そうだこの小松菜を他の奴に食わせたらどうだろう。 おい、ちょっと 前を歩いていたおっさんに声を掛けた。 スローモーション 振り返る 俺、ドン引き そのおっさんの両頬からは ほうれん草が生えていた。 あぁ、小松菜、小松菜… あぁ、ほうれん草、ほうれん草… グリーンスムージー
- 完 -