相棒
「や、待ってたよ」
ドアを開けたと同時に、声がかかった。煙草と珈琲と、その他色々が混じり合った匂いが流れてくる。部屋の中では、ブラインドの閉まった窓を背に、男が座っていた。
「随分、久しぶりだな?」
「ああ。…これ」
持ってきた手提げ袋を渡す。駅前のケーキ屋の季節のタルト。これを渡しておけば、間違いはない。受け取った男は中身を覗き込み、頬の傷を歪ませながらにっこり笑った。
- 1 -
「いつものだね」
タルトの匂いを嗅ぎながら満足そうに言った。俺的にはこれだけ匂いが混ざりあった部屋で、袋の中にあるタルトの匂いなんか、わかるものかと言いたかった。
「で、そちらの話を聞こうじゃないか?」
男の顔が仕事のそれになった。
俺は唾を飲み込んだ。
今までとはちがう空気に、身体が震える。もう後には引けない。
「調べてほしいんだ。この人のことを」
俺はポケットから写真を取り出して、男に見せた。
- 2 -
「知り合いか?」
「ああ、まあな」
「女子大生ってところか」
「いいや、S町のM銀行に勤めている」
男は写真を暫く見つめていた。
「で、何を調べるんだ?」
「二ヶ月ほど前の足どりを追って欲しい」
「事件絡みか。刑事のくせに俺に頼むか?自分でやれよ」
「解決済みの事例だし、管轄外なのさ。しかも知り合いの娘さんだからな」
「お前、まさかこのタルトで済ませるつもりじゃないだろうね」
男はニヤリと笑った。
- 3 -
「不満か?」
「不満だねぇ」
男は、こちらを見ようともしない。
さっきから視線が釘ずけになっている。
ま、無理もないが...
「言っておくが、
カレシ持ちだぞ?」
「ほう」
ニヤニヤしながら眺めている。
気にした様子は無い。
- 4 -
一週間後、男から連絡を受けて、またあの臭い事務所を訪ねた。
「いつも悪いねぇ」
タルトを受け取った男が不気味な笑顔を向ける。
「あの娘、可愛い顔して派手に遊んでたようだぜ」
男は前置きもなく話を切り出すと、報告書と数枚の写真を束ねた書類を俺に投げて寄こした。そこから一枚の写真を引っ張り出す。
「こいつは?」
「二ヶ月前に通ってた店のホストだ。相当入れあげてたらしいねぇ。貢いだ金は数千万てとこか」
- 5 -
「……やはり、か」
声が沈むのを抑えられなかった。
数千万の出処は予想済みだ。しばらく前に証拠不十分で不起訴になったが、やはり。
「お前のその落ち込みよう。ただの知り合いの娘じゃないな?」
男はタルトを頬張りながら、頬の傷を歪ませる。かつて俺と相棒だった時代についた傷。
「実は、お前の娘か?」
「……ああ」
「随分と、事情が複雑そうだが?」
旧知の友にも話せずに来たことを、俺は始めて告白した。
- 6 -
この娘は俺の妻が他の男との間に作った子どもだった。何も知らずにいた俺。
しかしカッコウの雛はやはりカッコウだ。俺にまったく似ず、また妻とも違う美しさを持ち始めた娘に違和感を感じ始めた。
そして判明する事実、驚愕に憤怒──別離。
まさか職場で彼女の名前を目にするとは思わなかった。管轄外であっても無視など出来ない。
話を聞き終えると対面する男はクク、と笑った。
「なぁ…女ってタルトみたいだよな」
- 7 -
「どういう意味だ」
「なければ人生は味気ない。時にはそれだけのために働いてもいいと思うものさ」
「お前らしいな」
思わず笑いが漏れていた。頬で歪むその傷も、不憫な女を守ろうとしてついたものなのだ。
「これから、どうすればいいと思う」
「お前のことだ、既に決めているんだろう?」
「……まあな」
「なら、そのとおりにすればいい」
俺は頷き、事務所を出た。匂いだけが気持ちを後押しするようについてきた。
- 8 -
美人局絡みの詐欺事件。娘の関与が疑われた事件だった。最近容疑者の一人がゲロ吐いた。最後まで調査をさせて欲しい、と俺は頼み込んだのだった。結果は黒。逮捕は免れない。辞表を手に、俺はデスクへと歩く。
例え血が繋がっていないとしても、彼女が身内であることに変わりはない。身内の不始末は己の責任で果たす。
相棒よ、互いに女には苦労させられるものだな。なに、タルトは既に送ってある。これを渡せば間違いはない。
- 完 -
作品情報
相棒
#6167
- リレー期間
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1年10ヶ月