相棒

「や、待ってたよ」 ドアを開けたと同時に、声がかかった。煙草と珈琲と、その他色々が混じり合った匂いが流れてくる。部屋の中では、ブラインドの閉まった窓を背に、男が座っていた。 「随分、久しぶりだな?」 「ああ。…これ」 持ってきた手提げ袋を渡す。駅前のケーキ屋の季節のタルト。これを渡しておけば、間違いはない。受け取った男は中身を覗き込み、頬の傷を歪ませながらにっこり笑った。

みかよ

12年前

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「いつものだね」 タルトの匂いを嗅ぎながら満足そうに言った。俺的にはこれだけ匂いが混ざりあった部屋で、袋の中にあるタルトの匂いなんか、わかるものかと言いたかった。 「で、そちらの話を聞こうじゃないか?」 男の顔が仕事のそれになった。 俺は唾を飲み込んだ。 今までとはちがう空気に、身体が震える。もう後には引けない。 「調べてほしいんだ。この人のことを」 俺はポケットから写真を取り出して、男に見せた。

mithuru

12年前

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「知り合いか?」 「ああ、まあな」 「女子大生ってところか」 「いいや、S町のM銀行に勤めている」 男は写真を暫く見つめていた。 「で、何を調べるんだ?」 「二ヶ月ほど前の足どりを追って欲しい」 「事件絡みか。刑事のくせに俺に頼むか?自分でやれよ」 「解決済みの事例だし、管轄外なのさ。しかも知り合いの娘さんだからな」 「お前、まさかこのタルトで済ませるつもりじゃないだろうね」 男はニヤリと笑った。

Salamanca

12年前

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「不満か?」 「不満だねぇ」 男は、こちらを見ようともしない。 さっきから視線が釘ずけになっている。 ま、無理もないが... 「言っておくが、 カレシ持ちだぞ?」 「ほう」 ニヤニヤしながら眺めている。 気にした様子は無い。

hemissss

12年前

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一週間後、男から連絡を受けて、またあの臭い事務所を訪ねた。 「いつも悪いねぇ」 タルトを受け取った男が不気味な笑顔を向ける。 「あの娘、可愛い顔して派手に遊んでたようだぜ」 男は前置きもなく話を切り出すと、報告書と数枚の写真を束ねた書類を俺に投げて寄こした。そこから一枚の写真を引っ張り出す。 「こいつは?」 「二ヶ月前に通ってた店のホストだ。相当入れあげてたらしいねぇ。貢いだ金は数千万てとこか」

hayayacco

11年前

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「……やはり、か」 声が沈むのを抑えられなかった。 数千万の出処は予想済みだ。しばらく前に証拠不十分で不起訴になったが、やはり。 「お前のその落ち込みよう。ただの知り合いの娘じゃないな?」 男はタルトを頬張りながら、頬の傷を歪ませる。かつて俺と相棒だった時代についた傷。 「実は、お前の娘か?」 「……ああ」 「随分と、事情が複雑そうだが?」 旧知の友にも話せずに来たことを、俺は始めて告白した。

11年前

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この娘は俺の妻が他の男との間に作った子どもだった。何も知らずにいた俺。 しかしカッコウの雛はやはりカッコウだ。俺にまったく似ず、また妻とも違う美しさを持ち始めた娘に違和感を感じ始めた。 そして判明する事実、驚愕に憤怒──別離。 まさか職場で彼女の名前を目にするとは思わなかった。管轄外であっても無視など出来ない。 話を聞き終えると対面する男はクク、と笑った。 「なぁ…女ってタルトみたいだよな」

いのり

10年前

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「どういう意味だ」 「なければ人生は味気ない。時にはそれだけのために働いてもいいと思うものさ」 「お前らしいな」 思わず笑いが漏れていた。頬で歪むその傷も、不憫な女を守ろうとしてついたものなのだ。 「これから、どうすればいいと思う」 「お前のことだ、既に決めているんだろう?」 「……まあな」 「なら、そのとおりにすればいい」 俺は頷き、事務所を出た。匂いだけが気持ちを後押しするようについてきた。

misato

10年前

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美人局絡みの詐欺事件。娘の関与が疑われた事件だった。最近容疑者の一人がゲロ吐いた。最後まで調査をさせて欲しい、と俺は頼み込んだのだった。結果は黒。逮捕は免れない。辞表を手に、俺はデスクへと歩く。 例え血が繋がっていないとしても、彼女が身内であることに変わりはない。身内の不始末は己の責任で果たす。 相棒よ、互いに女には苦労させられるものだな。なに、タルトは既に送ってある。これを渡せば間違いはない。

aoto

10年前

- 完 -