novelnove

縁のつづき

「腐れ縁よ」

敏子はため息ともつかぬ声でそう吐いた

「でもいい人じゃない、命の恩人なんでしょ?あのヒト」

佳恵はからかうように敏子に言った。

鴨下と出会ったのは2年前

会社の忘年会で酷く酔い潰れた敏子がフラフラとホームを歩いている際点字ブロックに躓き、その拍子に線路へ落ちる既の所で、運良く鴨下に手を引かれたのだ。

「助けられるならもっとマシな男がよかったわ」

敏子はため息を吐いた

翡翠(桜前線で待機)
- 1 -

鴨下ときたら、本当にダメな男なのだ。

「危ない危ない」
落下寸前の私の手を強く引いた鴨下の、心地よいニットの胸に倒れ込んだのが運の尽きだった。
とても甘いマスクのだらしない男だ。吊り橋効果で引っかかった私も悪い。

その日から鴨下はうちにいる。今も。
私が仕事から帰ればおかえりと言う。けれど食事を作るのは私だ。

鴨下は小説家になりたいと言って、時折パソコンを開く。
彼のやることはそれだけだ。

Face
- 2 -

鴨下は働かない。時々ふらりと外出しているようだけど、散歩してただけだと応える。
かといって全くお金を持ってない訳じゃない。働いてないのに、家賃の半分は出す、それだけ。
家の事は何もせず、家にいる時はパソコンを開いて小説を書いているか、私に甘えてくるかのどちらか。

あの日酷く酔っていた私は、鴨下と寝てしまっていた。それからはそういう事はないけれど、ハグを求めたり膝枕をせがんだりするのだ。

Face
- 3 -

「で、どうするの?同級生はみんな、駆け込み婚だとかでほとんど結婚しちゃったじゃない。私なんてご祝儀貧乏よ…」
佳恵はよく冷えたビールを片手に、ぶつぶつと文句を言っていた。

親友にどうするのかと問い正されても、どうにもならない。私たちはどうにかなるような関係ではないからだ。

私が遅く帰っても、鴨下は必ず起きている。夕食をどうしてるのかは知らない。そして、必ず二人分のコーヒーを淹れてくれる。

nati
- 4 -

「ただいまあ。」
「おかえり敏子」
佳恵と話した後だからだろうか、鴨下の『おかえり』に言い得ない奇妙さを感じた。
「ご飯は?」
そうだ、よくよく考えたらおかしな話だ。
見ず知らずの他人ーというには深く関わり過ぎたがーにご飯は?とは。
「作ってみた。」
「は?」
「え…いやだから、作ってみた。」
何故か得意げに、彼は私に向かって微笑んだ。
それはあまりに突然の変化で、私は驚くと同時に不安を覚えた。

nicol
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鴨下の作った料理はどれも美味しかった。と言っても食べてきた後だったのでそんなには食べられなかった。
「大丈夫、ラップして冷蔵庫に入れておくね」
鴨下が台所にいる。奇妙な絵面だった。もしかしたら酔っているのかもしれない。軽く頭を振ってみるけれど、何も変わらない。
くるり、と鴨下がこちらを向いた。似合わず、真剣な目をしている。
「話したいことがあるんだ。だから、早くお風呂に入ってきて」

うみの みおり
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話したいことって・・・なんだろ?
透明な湯に白く映える足を遊ばせながら、私は首をかしげた。驚きで酔いは覚めたが、まだ夢の中にいるようだ。
鴨下のあんな真面目な顔は初めて見た。それくらい大事なことってことだろうか。
いくら考えても分からないので、しょうがないと思い私は扉の前のカーテンを開けた。すると、洗面所にバスタオルが置いてあるのがすりガラス越しに見えた。
こんな鴨下の気遣いも、初めてだ。

水晶
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もしかして、結婚話とか……?

いつもだらしない男だから、今日はしゃんとして私に結婚話をして、そして承諾してもらおうと思ってるのかしら。
鴨下が用意してくれたバスタオルで、しっかりと体を拭いてショーツに片足をかける。
最後まで上げたところでふと我に返った。

別れ話とか……?
私とすんなり別れたいから、いつもより気前が良くて、真剣そうで……。

なんだか気が沈む。



灰_
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沈黙の中、珈琲を手に私は鴨下を見つめる。

「…小説で、賞を貰ったんだ。」

その言葉に先程までの考えは吹き飛んで、目を輝かせた。だってこんなに嬉しい事はない。おめでとうと繰り返す私を見て鴨下は嬉しそうに笑った。

「うん、だから漸く言える。俺と結婚してよ。」

驚いて息を飲む。
小説家ならもっと他の言葉があるんじゃないの、とか言いたい事はあったのに。ああ、胸がいっぱいで。代わりに嬉し涙が落ちた。

Face 後藤ハチ
- 完 -