金の時計

ポコは機械屋の娘です。 緑色のふわふわした髪を帽子ですっぽりと隠して、茶色の作業着を着て、今日も歯車と歯車の間にひっかかるベタベタした油を拭き取っていました。 ポコの両親は、街随一の機械屋でした。とんな機械も彼らの手にかかればあっという間に直ります。 ポコはそんな両親に憧れ、機械見習いの日々を送っています。 ある日、ポコが機械部屋に入ると小さな金色の懐中時計が一つ机の上に置いてありました。

コノハ

9年前

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天窓から差す陽の光を反射したそれは、鈍色の部屋の中でひときわ輝いていました。 粛々と時を刻む盤面は、過度な装飾が施されていないシンプルなものです。 しかし、両親の仕事ぶりを長年見てきたポコは、これが安物の懐中時計でないことがわかりました。 少しの間、針の進む様子を見ていたポコは大きな違和感に気付き、はっとしました。 なんと、この懐中時計の長針と短針は右回りではなく、左回りに動いていたのでした。

Fumi

9年前

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父の書いたらしい置き手紙が、懐中時計の下に挟んでありました。ポコは首を伸ばして覗き込みました。手紙にはしっかりとした字で、『修理済み』と書いてありました。 金の針がチクタクと、逆さまの時を刻んでいます。どうやら、それが正しいようなのです。 ポコは、そおっと、部屋の中を見回しました。今なら、誰も、見ていません。普段なら口煩く叱る両親も、出掛けています。 ポコは、懐中電灯をポケットにしまいました。

kam

9年前

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ポコは地下室へ向かいました。 薄暗い階段を下りた先に部品庫があります。ポコは両親には内緒で、部品庫を自分専用の機械部屋として使っていました。ここなら、不意に誰かがお店を訪ねても見つかることはないでしょう。 ポコは辺りを懐中電灯で照らすと、懐中時計をくまなく観察しました。 懐中時計は蝶番のない種類のものでした。 ポコが懐中時計の針を現在の時刻に合わせようとしますと、不思議なことが起こりました。

aoto

9年前

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ちりりん。ポコの耳にちいさな呼鈴の音が聞こえてきました。おかしいな。両親が出稼ぎから戻ってくるのは明後日のはずなのに。 ポコは部品庫にいたことに気づかれないように、玄関先で応対していた同じく機械見習いトムの背後にそっと忍び寄りました。しかし目の前に立っていたのは両親ではなかった。 「きみがポコだね。本当に残念な事なんだが、ご両親は旅先の事故で…」 ポコはこの時計の存在の意義を悟りました。

さぼん

6年前

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父母は何かを予感して、これを置いていったのでしょうか。 時を戻さなくては。 玄関を閉ざし部品庫に戻ったポコは、現時刻に合わせていた時計を力任せに左に戻しました。ぐるぐるぐる、次第に勢いづいた時計の針は、ポコの手を離れてひとりでに回り出します。 埃と光の粒子がきらめき、空気が伸縮を始めるのがわかりました。 しばらくすると全身にぎゅっと痛みが走り、ポコは自分の身長が少し縮むのを感じました。

6年前

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りりりりり。鈴のなるような音の後がしたかと思うと、突然目の前が開けたような感覚がありました。 「お父さん!お母さん!」 ポコは走り出していました。 「どうしたんだい、ポコ。あわてて」 「あんまり急ぐと転けますよ」 よかった!お母さんとお父さんは助かったんだ! ポコは両親の胸に飛び込みます。 「お父さん、この懐中時計なんだけどね」 ポコは握りしめた懐中時計を父親に見せました。

Utubo

6年前

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「これは酷いな。お前がやったのか?」 「でも大丈夫、すぐに直せるわ」 よくよく見ると、両親は最後に見た時よりも十は若返っているようでした。そして、何事かと手の中のそれを見ると、針は折れ、角穴車は割れ、りゅうずも消えています。それにどこか、変な音と臭いまで。そう、すっかり壊れ、あの魔法のような輝きは喪われていました。 ──時間が巻き戻って、修理前に戻っちゃったんだ。 ポコは殆ど赤ちゃんです。

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手際よく懐中時計を観察した父は、眉間にしわを寄せて言いました。 「これは、普通とは真逆の構造だ。誰がこんなものを作ったんだろう。ともかく修理してみるか」 ポコはとっさに父の手から懐中時計を取り上げました。 ───お父さんがこれを直したら、また事故にあっちゃう。 「これはね、あたしが直すの!」 それを聞いて父は微笑み、ポコのふわふわした髪をくしゃくしゃと撫でました。 「君が大きくなったらな」

- 完 -