車を走らせる男の、アクセルを踏む足はガタガタと震えていた。何しろこんな状況は初めてだ。 深夜2時。男は急いで、しかし法定速度内で樹海に向けて車を飛ばしていた。 今スピード違反で警察に捕まったら人生の終わりだ。 …トランクには死体が入っている・・・ 煙草を吸い終わると、すぐにまた新しい煙草に火をつけた。 樹海に到着した。 男は車を停めると、シートベルトを外し、 煙を大きく吐き出した。
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男は一瞬、ルームミラーに光が映ったことに気付いた。慌ててヘッドライトを消し、煙草を灰皿に押しつける。 やがて小石を噛むタイヤの音とエンジンの音が近づき、止まった。 気づかれただろうか。 今夜は月もなく、墨で刷いたような闇が辺りを包んでいる。男は車が止まったと思しきあたりに首を向けた。微かな光が茂る草木の影を映しだしていた。 その向こうに何者かがいるのは間違いない。 やっかいなことになった。
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どうする?あいつも殺すか?でも、これ以上死体を増やしたくはない。何かいい方法は無いだろうか。
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おそるおそる近づいてみると そこには誰もいなかった。 冷や汗を拭いながら 辺りを見回した。 携帯のライトで周りを 照らしたり 息を潜めて周囲の音を 伺ったがなにもきこえなかった。 「見つかる前に早く埋めないと」 トランクから 死体をとりだし担いで 片手にスコップを持ち ライト付きヘルメットをかぶり 樹海に足を踏み込んだ。
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樹海の半ば程まで辿り着くと、男は死体を土の上に横たえ、スコップを土に突き刺した。 今日までの恨み辛みが沸々と湧き上がる。 俺は後悔してない! だが、この死体のために身を滅ぼす気はさらさらない!! 走馬灯の様に駆け巡った嫌な思い出は、男のスコップを握る手に力を与えた。 思い知るが良い、俺の屈辱を!!
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……パキ。 埋めるのに十分な穴を掘り終えた時、男の背後から十メートルほど距離を置いた場所から、小枝が踏まれて折れたような音がした。 終わった。 男が声に満たない声で呟くと同時に、全身の力が抜けて行く。 枝を踏んだのが誰であってもゲームオーバーなのだから。
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ゆっくりと振り向く。 完全な暗闇の中、男は音のした方を力のない眼で窺った。 ……パキ どうやら一歩一歩真っ直ぐに男へ向かって歩いているようだった。 ……パキ 光源となるものを持っておらず、歩みも遅いことから考えるにヤツも自分自身の聴覚だけを頼りに俺に向かって来ているのだろう。 ……パキ 男はふと思った。 ヤツの目的は何だ?何でもないヤツが懐中電灯も持たずにこんなとこまで来るはずがない。
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落ち着け、冷静になるんだ。 自分に言い聞かせる様に、何度も頭の中で繰り返した。 男は早まる鼓動を出来るだけ意識しない様にして、聴覚に神経を集中させた。 ……パキ ヤツは俺がここに居ることを知っているのだろうか? 俺がいましようとしていることを知っているのだろうか? ヤツの目的は依然、はっきりしないまま距離だけがジリジリと迫って来る。 待てよ。俺はいま樹海にいる。 樹海に来てする事といえば…
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「自殺…じゃないだと?」 「変ですよ警部。自殺する気なら遺体を埋めたりしないはず。」 「殺しだとでも言うのか。」 「可能性の話ですが。」 「馬鹿な。殺した相手を埋めた場所で誰かに毒殺されるなんて、小説じゃあるまいし。それに毒薬は殺害後に被害者宅から持ち去られたものだぞ。しかしまぁ、 可哀想なのはあの爺さんだよ。唯一の家族が殺されたとは知らず、夜通し車で被害者を探していたんだからな。」
- 完 -