”今日起きた出来事を一言書いて、次の執筆者へ回して下さい” 「…?」 玄関のポストに突っ込まれていた怪しげな回覧板。 私が最初の執筆者なのか、それとも皆書かずに回しているのか、この一行以外に何か書かれている形跡はない。 「まぁ101号室だし、回覧板は一番なのかも」 ”本日特に変わった出来事無し” 「これでいいのかな?」 目的がよく分からないまま、山田は102号室の住人に回覧板を渡した。
- 1 -
″今日起きた出来事を一言書いて、次の執筆者へ回して下さい″ 「…?」 何なんだこの回覧板は。 ″本日特に変わった出来事無し″ 手書きのこの行は101号室の山田さんのものだろう。この回覧板が何なのか聞いてみたいがほぼ話した事が無いので聞き辛い。 「…まあ、特にルールはないみたいだし」 ″と思ったら、不思議な回覧板を受け取った″ 一言書き、切子は回覧板を103号室のポストに押し込んだ。
- 2 -
カタン。 ドアポストの音に気づいた信夫は、妻と顔を見合わせた。 「なにかしら。あなた、取ってきて」 妻に言われて信夫は腰を上げた。 「回覧板だったよ。なになに、今日起きたことを書け、だってさ」 「なによそれ」 「団地内のコミュニケーションのつもりなんだろう。今日、何かあったか」 「そうねえ、急な雨で洗濯物が濡れちゃったわ」 信夫は回覧板に書き込むと、104号室のドアポストにそっと落とした。
- 3 -
家に帰り、ポストを確認すると、ポストには回覧板が入っていた。 またつまんねぇこと書いてるんだろうな、と思いながら回覧板を開くと、いつもはない欄を見つけた。 「今日起きたことを書け?」 変わった回覧板だ。 しかし、何だか面白そうだ、と早速ボールペンを取り出してその欄に書き込む。 〝昼飯の唐揚げが美味かった″ 回覧板を書いた孝太郎はそれを105号室のドアのポストに入れた。
- 4 -
「まま~!なにか はいってる!」 息子に呼ばれてポストを確認すると回覧板を見つけた。 「変わった回覧板ね」 「それなあに?ぼくにもみせて!」 「……あ、そうだ」 足元でピョンピョン跳ねる息子に回覧板とえんぴつを手渡す。 「拓也、今日あったこと何か書いてくれる?」 「うん!」 "きようは ゆかりちやんと あそびました" 私は回覧板を息子から受け取ると106号室のドアポストへ入れた。
- 5 -
「おーぅい、婆さんや!今、帰ったぞ~。」 そう言いながらポストを見ると回覧板が中に入っていた。 家に入ってから、回覧板を見ていると 「ん?今日起きたことを書け?」 なんだこれ。ん~婆さんに聞いてみよう。 「婆さんや!今日何かあったかね!」 「いきなり、どうしたんですか。」 回覧板のことを話すと、婆さんは 「そうですねえ…。あ、偶然友達に会いました。」 それを書き、107号室のポストへ入れた。
- 6 -
家に引きこもってネトゲをしていると、何やら音が聞こえた。 「……回覧板か……」 これはいわゆるリレー小説みたいなものだろうか。 しかし、「今日何があったか」と聞かれても書くことが無い。 数十分悩んだ末、 ……別にホントのこと書く必要ないよな。 “今日は時と運命の狭間を旅した” 生憎と一番端の部屋なので、階段で201号室へ届ける。 ……買い出し以外の目的で外に出たのはいつ以来だったかな。
- 7 -
しかし201号室は、空き家。 引きこもりはそれを知らなかった。 ・本日特に変わった出来事無し ・と思ったら、不思議な回覧板を受け取った ・にわか雨で洗濯物が濡れた ・昼飯の唐揚が美味かった ・きょうはゆかりちやんとあそびました ・偶然友達に会った ・今日は時と運命の狭間を旅した。 …これを読んだ手配犯の池田は、計画通りだった。 「下の住人は足音を聞いてない様だし、201号室に潜んで正解だな」
- 8 -
しかし何の出来事もない住民だな。 池田は笑った。 記念に書くか、どうせここも今夜までだ。 「計画が進んだ」 202号室に回覧し、部屋で夜を待った。 202号室の前田と栗山は目を合わせた。 「ここの住民すごいですね、本当に今日の昼でしたね」 「ああ、奇遇すぎる。よし、踏み込むぞ」 二人の刑事が201号室に向かった。 回覧板の最初の文字を縦読みするとこう書いてあった。 本とに昼。き遇今日。
- 完 -