誰がミステリー作家を殺したか

いいんだ。これで。 全部終わり。 この選択が正解とは言えないけど、 間違いだとは言い切れない。そうだろ? 早くおさらばしてやろうじゃないか。 マッチを点けたら、晴れてクビだ。 原稿の上がらない作家は要らない。 代わりなら他にいくらでも居るだろ。 だからさ。 いいんだ。これで。 全部終わり。

12年前

- 1 -

燃える。 燃えていく。 奴の家も、奴の原稿も、奴自身も。 始まりは些細なことだった。 いつものように、原稿を貰いに奴の家を訪ねた。 相変わらず奴の家は汚い。 外観もそうだが、中はゴミ屋敷と断言できるほど酷いものだった。 ほとんど足場のない廊下を渡り、やっとの思いで書斎のドアを開けた。 そこにはいつも通り、奴が寝ていた。 俺が時間を割いて来たにも関わらず。 俺はいつもの光景に苛立ちを覚えた。

李兎

12年前

- 2 -

そう、作家先生と煽ててみれば、奴は面白い程に思い上がった。デビュー作から順調に大当たりして、俺という担当編集者が付いたことで、すっかり天狗になったのだ。 いつだったか、酒の席で奴は言った。 「お前ら編集者は、俺のような売れっ子作家の原稿がなきゃ、食い扶持も稼げないもんな?」 それでも下手に出て、穏便に催促する俺に、奴は乞食を見るような目を向けた。そして、〆切をとうに過ぎた原稿を投げよこした。

11年前

- 3 -

「サッサと持って行け!そして早く書店に並べて来い。俺のファンどもを待たすんじゃねぇぞ!」 貴様、何様のつもりだ?お前だけじゃ、売り物に仕上がんねーこと分かってんのか?今から編集作業をするんだよ。俺が貴様のロクでもないクズ作品をピッカピカの一流書物に磨き上げんだ、このクソ野郎が。 「ありがとうございます。ちょいと拝見…流石先生、ストーリーが川のように流れ、最後は…」 「うるせーんだよ、てめーは」

KeiSee.

11年前

- 4 -

保っていた何かが壊れた音がした。 「さっさと行け。俺は暫く寝る。鍵はいつものところに置いていけ」 どかっとその場に横たわり、いびきをかきはじめた。 とりあえず原稿をおさめてからだ、と一旦そこを出る。鍵は保ったまま。 この鍵の存在を知るのは俺だけだ。 再び奴の家に戻ると眠っていた。 俺は自分の犯行だとバレないように工作した。 誰も俺が火をつけたとは思わないように。奴の自死にみせかけた。

11年前

- 5 -

『有名大作家、作品が思いつかず自殺か』 なぁんて、週刊誌に取り上げられるのかな。 それもそれで面白い。 焦げる原稿、焼けるクソ作家。 それを眺める俺。 目撃者が出ても正体がわからないように、素早く車に乗って会社に戻る。 どうせ、俺は疑われるだけ。警察はタバコの不始末が原因と判断されるのだろう。 俺は、お前なんていなくなったって何にも困らないんだよ!

Dangerous

11年前

- 6 -

「…ふむ、意外性はありましたが、どうにも…、ねぇ」 担当編集者の近藤卓司は納得のいかないような表情、つまりは眉間にシワを寄せる表情でそう指摘した。と言うのも、毎度のことだが。 「どうにも、なんだい。僕はこれが限界だよ。第一にミステリー小説なんか僕にゃあ向いてないのさ」 「いやいや、なかなか読み応えはありましたよ、満島くん。読み始めの時には単なるホモ小説かと思いきや、恨み募って、だからね」

Kinsella

10年前

- 7 -

「それでこの後主人公はどうなるんですか?」 近藤は最後のページをめくりながら、言った。 「どうしたらいいと思う?」 僕は逆に聞き返す。 「編集者の立場から言葉が欲しいと?」 近藤がそう言うと、僕は頷いた。 「捕まればいいと思いますよ」 意外な返答に、驚く。 「このまま逃げ切って、ざまあみろと嬉しそうにしている主人公を見るより、捕まって嘆く主人公を見る方が俺は好きなんです。変人ですね」

- 8 -

笑顔の近藤に、僕は怒りで真っ白になる。 「じゃあ捕まれよ、お前」 「それは秘密でしょう? 加筆修正してさっさと出版しますよ?」 売れないBL作家だった僕は近藤と共謀し、気性の荒い大物ミステリー作家を葬り、作家の名を乗っ取った。その作家の本はよく売れるから、利害が一致した。 けれど、ずっと後悔している。 出版後、結局僕は自首し近藤は捕まった。 その後、この自白的小説がさらに売れたのは皮肉な話だ。

9年前

- 完 -