今、目の前には一発の弾と一丁のハンドガンがある。 なんのためらいもなくその一発の弾を弾倉に詰め、スライドを力強く引き、離す。 一発の弾は弾倉から薬室に送り込まれた。 そして、そのまま銃口を自分の頭に向け...... "パン" AM2:30 「またか....」 ここ最近同じ夢を見る。同じところ、同じ時間に起きる。 おかげで寝不足な日が続いている。 「勘弁してくれよ」 ウイスキーを注ぎながら呟く。
- 1 -
俺は、死にたいんだろうか。 氷が溶ける前にあおったウイスキーに、喉が熱くなる。 死ぬ夢は縁起がいい、なんて話もある。しかしこうも自殺の夢ばかり続くと、とてもそんな風には思えなかった。 俺が気づいていないだけで、身体は死を求めているのだろうか。だから脳味噌がこんな夢を見せているとでもいうのだろうか。 「……寝るか」 空になったグラスをその辺に置いて、俺は再びベッドに潜った。 酒が、眠りを連れてくる。
- 2 -
それから何日かは、酒を飲んで眠りにつくことで悪夢から逃れることができた。 けれどじきに、また夢は襲ってきた。 より鮮明に、強い感情を伴って。 夢の中で俺は、確かな意志をもって死のうとしていた。死ぬことで何かから解放されると感じていた。 銃声に驚いて、飛び起きる。ぐっしょり汗をかき、恐怖に震えていた。 現実の俺は、こんなにも死ぬことが怖いのに。 いったい何なんだ。どうしたらいいんだ
- 3 -
「簡単に言えばアル中じゃない。悪い夢を見たり被害妄想に取り憑かれてる辺りが病んでるよ。死を恐れるのは生にしがみついてるから。死のうとする夢を見るのは潜在的にある逃げたい何かがあるからじゃない?」 企業の産業カウンセラーをしながらいろんな仕事をバリバリこなす妹に相談したらバッサリ言われた。 「それにしても目のクマ、ひどい。有給消化するのも限界でしょ。入院しなよ」 妹に勧められ病院に行くと、
- 4 -
精神科に通された。 そこには医者が2人。 髭面の初老の医者は言った。 「フロイトの夢分析によれば銃は 男性器のことじゃ。 そちらの趣味はおありかな?」 冗談じゃない。 若い女医は言った。 「ユングによれば自殺は 自分の罪を消したいという 願望の表れです。 あなた、何か罪を犯しましたか?」 ‥‥‥‥嫌なことを思い出してしまった。
- 5 -
…目の前に一発の弾と一丁のハンドガンがある。これは夢だ。今はそれがはっきりとわかった。 夢?本当に? 違う、俺は病院にいたのに。 「ミノル!逃げなさい!」 なんだ? 「お母さん達は置いて行って、カナエと逃げなさい!」 炎上している車から母の声がする。父の影がぺっちゃんこの運転席に見える。逃げなきゃ。カナエ、逃げになゃ。 「お兄ちゃん!」 見ると大人になった妹が泣いている。 「見捨てるの?」
- 6 -
自分の悲鳴で目が覚めた。 起き上がるとそこは白い病室で。俺は傍らに立つ女医と目を合わせた。 「相当うなされていたわ。大丈夫?」 そう声を掛けられても俺の意思は茫然としていた。 …ああ。そうだった。 夏の日。 田舎へ向かう車内、妹は寝ていて。 暇な俺は運転手の父にちょっかいをかけていた。 優しく嗜める母。 俺は隠し持っていた玩具の銃を鳴らした。 驚いた父はハンドルを切り──反対車線へ突っ込んだ。
- 7 -
父は即死だった。母は身動きが取れずにいたが、死を覚悟をしたようだった。あの鋭い眼差しを忘れてはいけなかった。 あの頃の俺は、カナエを引っ張って逃げることしか出来なかった。今生きているのは母の強い言葉のおかげだ。 —だが、カナエはどうだ?俺を憎んでいるに違いない。両親を殺した兄として…そんな記憶を封印したかったのかもしれない。だからあんな夢を— ふと横を見ると女医ではなく、カナエが立っていた。
- 8 -
「お兄ちゃん、大丈夫?」 カナエは心配そうに見ていた。俺の容態が酷いので、家族である妹が呼ばれたそうだ。 「カナエ……」 唇を震わし、聞く覚悟を決めた。心の底のドロリとした物が、沸騰しそうだった。 カナエは小首を傾げ、言葉を待っている。 「俺は」 そこで言葉は切れた。心が鍵をかけたんだ。 「……何でもないや」 俺は口を噤んだ。 「……大丈夫だよ」 カナエは微笑みながら、呟いた。
- 完 -